朝鮮を笑う

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解説:斜め上の雲 50

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/30 19:02 投稿番号: [1606 / 2847]
トピ主様の言うとおり、ところどころ小ネタを仕込んでいます。(笑)
元ネタは1巻です。以下原文

≫余談ながら、私は日露戦争というものをこの物語のある時期から書こうとしている。
  小さな。
  といえば、明治初年の日本ほど小さな国はなかったであろう。産業といえば農業しかなく、人材といえば三百年の読書階級であった旧士族しかなかった。この小さな、世界の片田舎のような国が、はじめてヨーロッパ文明と血みどろの対決をしたのが、日露戦争である。
  その対決に、辛うじて勝った。その勝った収穫を後世の日本人は食いちらしたことになるが、とにかくこの当時の日本人たちは精一杯の智恵と勇気と、そして幸運をすかさずつかんで操作する外交能力のかぎりをつくしてそこまで漕ぎつけた。いまからおもえば、ひやりとするほどの奇蹟といっていい。
  その奇蹟の演出者たちは、数え方によっては数百万もおり、しぼれば数万人もいるであろう。しかし小説である以上、その代表者をえらばねばならない。
  その代表者を、顕官のなかからはえらばなかった。
  一組の兄弟にえらんだ。
  すでに登場しつつあるように、伊予松山のひと、秋山好古と秋山真之である。この兄弟は、奇跡を演じたひとびとのなかではもっとも演者たるにふさわしい。
  たとえば、こうである。ロシアと戦うにあたって、どうにも日本が敵しがたい者がロシア側に二つあった。一つはロシア陸軍において世界最強の騎兵といわれるコサック騎兵集団である。
  いまひとつはロシア海軍における主力艦隊であった。
  運命が、この兄弟にその責任を負わせた。兄の好古は、世界一脾弱(ひよわ)な日本騎兵を率いざるをえなかった。騎兵はかれによって養成された。かれは心魂をかたむけてコサックの研究をし、ついにそれを破る工夫を完成し、少将として出征し、満州の野において悽惨きわまりない騎兵戦を連闘しつつかろうじて敵をやぶった。
  弟の真之は海軍に入った。
「智謀湧くがごとし」といわれたこの人物は、少佐で日露戦争をむかえた。
  それ以前からかれはロシアの主力艦隊をやぶる工夫をかさね、その成案を得たとき、日本海軍はかれの思想を信頼し、東郷平八郎がひきいる連合艦隊の参謀にし、三笠に乗り組ませた。(中略)
  この兄弟がいなければ日本はどうなっていたかわからないが、そのくせこの兄弟が、どちらも本来が軍人志願でなく、いかにも明治初年の日本的諸事情から世に出てゆくあたりに、いまのところ筆者はかぎりない関心をもっている。
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