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解説:斜め上の雲 32

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/05/19 17:47 投稿番号: [1494 / 2847]
>また、55年と58年には海峡をはさんで国共両軍による大規模な砲撃戦が展開された。とくに58年のそれはすさまじく、中共軍は44日間にわたって、合計47万発もの砲弾を金門島に送りこんだといわれる。

金門島砲撃は凄まじかったようです。
現在、金門島の名産品のひとつが、そのときの砲弾でつくった包丁です。地面を掘れば原材料はごろごろ出てくるとききました。品質はよいらしいです(今度台湾に行ったら買おうかな)。小林よしのりの『台湾論』でも紹介されていたはずです。

ただ、本当に47万発も使ったのか、筆者は少々疑問に思っています。
たとえば、単純化して考えますが、輜重担当が「1万発」の砲弾を前線に供給するよう命じられたとします。ここで担当が1千発をくすねて、口止めのため輸送担当者にそこから300発を分けます。
輸送担当者は帳簿上「1万発」の砲弾を運び、前線に供給します。前線指揮官がそこからまた千発くすねて懐に入れれば、実数8千発です。で、これを撃ち尽くせば記録上「1万発」の砲弾を撃ったということになります。くすねた砲弾は売り飛ばします。

まさかと思われる方もいらっしゃいましょうが、歴世、支那の軍隊ではよくある話です。かつては糧秣が着服・横流しの対象でしたが、近現代に入って銃器などの兵器が高く売れるようになると、兵器もその対象となりました。国共内戦時も、共産党軍に弾薬を売りつける国民党兵士なんてのもいましたし。
また、砲弾どころか、一個連隊のうち、数%の兵士が実際には存在しない、という軍もありました。司令官はいない兵士分の給料・装備・弾薬を懐に入れるわけです。
もし点検が来たら仲間の軍から兵士を借ります。仲間も当然同じことをしているわけで、兵士を貸し借りするわけです。

日清戦争直前、駐清代理公使だった小村寿太郎の報告では、日本公使館の料理人は清軍の兵隊でありながら、演習には代理人を送ってごまかしていたそうです。

ま、そういうわけで「合計47万発もの砲弾を金門島に送りこんだといわれる」という表現にしているのです。

ついでながら、日中戦争時、中国軍がアメリカからP−40戦闘機を購入するたびにキックバックが蒋介石夫人宋美麗の宋家に入っていた、という記述をどこかで見た記憶があります。米軍アジア方面司令官だったスティルウェル陸軍中将の著書だったかな。
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