朝鮮を笑う

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斜め上の雲 14

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/03/06 02:43 投稿番号: [1256 / 2847]
  余談をつづける。

  なぜキムが日系人部隊にとどまったのか、よくわからない。単に日本人を憎んでいなかったというだけの話だったかもしれない。あるいは、朝鮮人であれ日本人であれ、白色人種から差別を受けることにかわりはなく、有色人種なかまである日本人に対してわだかまりをもたなかったのかもしれない。

  欧州戦線を転戦した第100大隊は、イタリア、フランス解放に功績をあげた。つねに最前線を志願し先頭にたって突撃するため損耗率も高かった。
  キムは冷静な判断力と厳しさをもつ小隊長であり、兵卒の信頼もあつかった。キムのもらった数多い勲章のひとつである柏葉飾付殊勲戦傷章は、2度以上の戦傷を経験したものしかゆるされないものであり、金錫源とおなじく、つねに先頭にたって小隊を引っぱっていたことをものがたっている。

  経歴とそのひととなりをみると、キム大尉はなにやら金錫源に似ているようにもおもえる。
  かれらはおかれている状況で、軍人として最善をつくしつづけた。理由はどうあれ、プロフェッショナルとして理想の軍人を体現しつづけたといっていい。

  終戦後、かれは退役してロスで洗濯屋を経営していたが、朝鮮戦争勃発にともない再召集を受けて参戦した。このあたりも金錫源に似てはいる。
  かれは、米軍7師団31連隊1大隊長として中部戦線で戦いつづけた。このときもやはり前線にたって指揮しつづけた。

  なお、キムは、第二次大戦では、先にあげた柏葉飾付殊勲戦傷章のほかに、特別戦功十字章、銀星章などを受けており、朝鮮戦争でも特別戦功十字章を受けた。この点でも、稀有の金鵄勲章功三級を受けた金錫源と似ている。

  話を戻す。
  金弘壹少将は、キム大尉がその場にいるにもかかわらず、うかつにも在外同胞を同胞としてみとめないような発言をした。いわばキム大尉の面を逆なでしたといってもいい。
  が、キム大尉は顔色ひとつかえなかった。
  このあたりも真の軍人であるゆえんであるといっていい。錫元は息をのんでかれの顔をみた。
  それはともかく、申性模国防部長官が金少将と金錫源准将のあいだに入ってその場をどうにかおさめた。

  キム大尉は前線に立ちつづけたため、しぜん錫元や金錫源とも多少の接触がある。
「かれこそ真の軍人だ」
  金錫源はそれだけをいった。いたずらにことばを重ねる必要がなかったのであろう。
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