朝鮮を笑う

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

斜め上の雲 8

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/02/15 13:35 投稿番号: [1193 / 2847]
  1950年6月25日午前4時、北朝鮮軍はいっせいに38度線を越えて進撃を開始した。

  ソウルはわずか4日で陥落した。
  すでにふれたように坡州はソウルの北にある。北朝鮮軍が通過したあと、町のひとびとはようやく事態を解釈できた。
(ふいに殴りつけられただけで、首都があっけなく陥ちるのか)
  と、元さんは、わが身に関係のあるこの事態について考え、あらためてこの政府のもろさにおどろかされた。

  7月になった。
  戦いはなお北朝鮮軍の優位ですすんでいたが、信五はなにかを感じたのであろう。にわかに家財をまとめ、夜にまぎれて釜山へ逃げることにした。へたに残っていては、北朝鮮軍の物資徴発を受けるどころか、連行されて前線の弾よけにされるかもしれない。
  元さんは、したがわなかった。
「逃げるより戦いたい」
  かれのあたまには、10歳のときに経験した敗戦後の惨状とくやしいおもいがあったのであろう。
「大田にいく」
  大田では韓国の正規軍と義勇軍による抵抗が続いている。そこに投じるという。

  元さんとよばれていた金錫元が韓国軍に投じたのは、そのとしの夏である。
  大田で家族と別れるとき、父の信五が、
「しっかりお役に立つんだぞ」
  と、息子をはげました。まわりのひとびとが涙を流しながらみなうなずいたところをみると、もはや生きては会えぬものと信じていたらしい。
  義勇軍の宿営地に行って手続きをすませると、司令部にゆくよう言われた。
  司令部テントの奥のほうに司令官がいた。背はやや低めながらがっちりした男で、山賊のように背中に刀を背負っている。錫元に気づくと近づいてきて、
「おまえは何歳かな」
  といった。
  年齢を正直に答えれば追い返されるであろう。が、戦時中である。本人申告の真偽をたしかめられることもないと思い、
「19歳です」
  と答えた。
「干支は何年かな」
「亥年です」
  と答えると、司令官は笑った。19歳なら未年であるべきだった。司令官はこの少年が年齢をごまかしていることに気づいたらしいが、黙認したようだった。
「名前は何じゃ」
  と名前を聞いてくれたことが、錫元の運命のある部分を決定づけたことになるであろう。
「金錫元といいます」
「ふむ。わしと同姓同名じゃな。日本軍では少年兵もおったが、お前はちと若いな」
  司令官――金錫源准将――はそういって錫元の体格を、ちょうど道具屋の手代のような目でながめていたが、やがて、
「わしのそばで連絡兵をつとめろ」
  といった。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)