朝鮮を笑う

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斜め上の雲 3

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/01/27 08:40 投稿番号: [1117 / 2847]
  この時期、韓国は国内統治に腐心している。その象徴が、南朝鮮労働党の関与する蜂起の群発であったであろう。
  南朝鮮労働党は、1946年11月に左翼諸派が合同して結成された共産主義政党である。とくに軍内部にオルグ工作をおこない多くの同調者をうんだ。
  1948年4月には済州島で南労党の指揮する蜂起があり、10月には、麗水、順天で赤色分子の煽動によって軍隊の反乱が起こった。
  かれらは討伐を受けて智異山に逃げこんだのち太白・小白山中に展開した。朝鮮戦争中には北朝鮮軍敗残兵と合流し、最終的に鎮圧されたのは1956年であった。

  これに対し、李承晩は徹底的な弾圧をおこない、多くの軍幹部が南労党関係者として摘発、処分された。当時少佐だった朴正煕も除隊処分となった。
  その軍はといえば、政府の財政難によって給与水準は低く、軍服以外の日用品調達と募兵を連隊ごとにまかせざるをえなかった。
  ただ、兵器については1948年の夏ごろからアメリカ軍の制式装備が入りはじめていた。しかし、戦車はなく火砲は105ミリ榴弾砲が最大であり、空軍にいたっては練習機と連絡機しかなくとても戦力とはいえないものであった。

  李承晩は内政で失政を重ねた。インフレが進行し、失業者がふえたにもかかわらず、対馬返還の要求を示唆するなど好き勝手にふるまった。
  1949年6月、米軍は韓国から撤退し、翌年1月には、台湾・韓国を西太平洋防衛ラインから除外するというアチソン国務長官の声明がおこなわれた。
「アメリカは韓国を見捨てようとしているのか」
  官民のたれもがそう不安におもった。
  たしかに、これらの動きを見ると、アメリカが李に愛想をつかしたということがいえるかもしれない。
  また、1948年にソ連軍も北朝鮮から撤退しており、近いうちに朝鮮半島で戦争がおこらないとよんだこともあったであろう。
  ただ、アメリカはアチソン声明の2週間後に、韓国と米韓軍事援助相互協定を調印し、見捨てたわけではないともとれる姿勢をみせてもいた。

  いっぽう、北朝鮮では、ソ連が送りこんだ指導者金日成のもとで企業国有化や農地改革といった政策がとられ、経済の発展がすすんでいる。
  共産主義特有の中央統制による経済政策が功を奏したこともあるであろうが、北鮮は日本時代、ダムや発電所などのインフラが集中的に建設され、工業も発展していたため、光復後、それらの施設や企業を接収、国有化できたことも大きな原因であろう。
  さらにいえば、実情を自由に報道される韓国とはちがい、徹底した情報統制をひくことのことができる北朝鮮のほうが宣伝戦においてぶがよかったということもいえるであろう。
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