朝鮮を笑う

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解説:斜め上の雲 2(後編)

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/01/25 23:41 投稿番号: [1114 / 2847]
後編です。

>政権は独立運動家どもにとられたが、しかしその政府には実務家がおらず、学問があり実務さえできれば日本統治下で栄達していた人物であっても国家が雇傭せざるをえない。統治者はかわったが、日本時代とおなじく就職の道は学問であるという。

実際、政権を取った連中の政治オンチぶりはひどかったようです。
予算不足との報告を受け「金がなければ刷ればいいのに」と言い放った独立運動家出身の閣僚がいたとかいないとか・・・その類の話は多いようです。

近代国家の政治家としての経験も、官僚としての実務経験もないので仕方ない、と思っていたのですが、よくよく考えてみれば、明治維新のリーダーたちも毛沢東も、もともとは政治経験があったというわけじゃない。

みんな革命闘争の中で政治訓練を積んでいったわけです。
西郷や大久保は薩摩藩政を牛耳るために権謀をめぐらし、桂小五郎は過激派をなだめ穏健派をおだてる中で調整能力を養った。毛沢東や周恩来にしても、失脚したり、国民党の攻勢から逃れたり、ライバルを追い落としたりと主導権争いの中で生き残る術を身につけて中国共産党の頂点にたったわけです。

つーことは、独立運動家の皆さんは、経験を積み能力を磨けるような修羅場での革命活動を、なーんもしてへんだってことになるのかな?
もしくは、活動の中から何も学ばなかったとか。(苦笑)

そのくせ、他の革命以上に政権内部の主導権をめぐる闘争が激しい。お決まりの「党争」なんでしょう。
革命政権どころか、上海臨時政府自体が「党争」でグデグデになり、首班の李承晩は追放されてアメリカに逃げ帰ったのでした。(笑)

実際問題として、アメリカ滞在の長かった李承晩は韓国の実情に疎く、行政には総督府で実務経験のあった人々を使うしかなかったわけです。
ニテーイがウリミンジョクに政治経験を積む場を与えなかったから混乱したニダ、なんていうのをきいたことがありますが・・・・・・やれやれ(苦笑)
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