竹島外一島に関する考察3(史料の分析2)
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2003/01/29 15:00 投稿番号: [988 / 18519]
7.松島の議
http://matsu.rc.kyushu-u.ac.jp/study/takeshima/siryo-list/matsusimanogi.html
外務省記録局長の渡辺洪基が、混乱している竹島・松島に関して、船艦を派遣し、調査を行うように伺いをたてたものである。この文書は、島の位置関係とこれまでの誤謬が的確に把握されている。島根県や江戸時代の史料を良く研究していたと思われる。また、文書の内容より、各国の地図とは、シーボルトの地図がベースであることがわかる。
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然ルヲ洋客竹嶋ヲ認テ松嶋ト為シ更ニ竹嶋ナル者ヲ想起セシ者ノ如シ而テ此ホルネットロックスノ我国ニ属スルハ各国ノ地図皆然リ
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この文について、「各国の地図には、日本領とは示されていない」という捏造解釈した反論がある。渡辺洪基は、過去の史実に非常に明るかったため、現竹島は、日本領土であることに疑いをもっていなかったのである。このため、各国の地図に示されている「ホルネットロックス」は、位置的に現竹島にて日本領であるのは当然と考えただけのことである。
余談であるが、渡辺洪基を調べたところ福井出身で、外務省を退官後、東京府知事、東京帝国大学初代総長になっている。
8.18??年?月?日 「松嶋巡視要否の儀」(外務省 田辺太一)
http://matsu.rc.kyushu-u.ac.jp/study/takeshima/siryo-list/matsushimajunsinogi.html
この文書は、渡辺洪基の「松島の議」の竹島、松島調査要請に関する返答である。さて、渡辺の文書と比較すると、面白いことがわかる。「松島ハ(略)蔚陵島ニ属スル于山ナリ」ル者ハ朝鮮ノ蔚陵島トシ」の記述より、彼が松島を「現竹嶼」と解釈していたことがわかる。現鬱陵島を松島と解釈していた。つまり、1.,2.における松島竹島解釈(現竹嶼→松島、現鬱陵島→竹島)がこの時まで存在したのである。(反対に渡辺が例外的であったとも考えられる)
http://matsu.rc.kyushu-u.ac.jp/study/takeshima/siryo-list/matsusimanogi.html
外務省記録局長の渡辺洪基が、混乱している竹島・松島に関して、船艦を派遣し、調査を行うように伺いをたてたものである。この文書は、島の位置関係とこれまでの誤謬が的確に把握されている。島根県や江戸時代の史料を良く研究していたと思われる。また、文書の内容より、各国の地図とは、シーボルトの地図がベースであることがわかる。
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然ルヲ洋客竹嶋ヲ認テ松嶋ト為シ更ニ竹嶋ナル者ヲ想起セシ者ノ如シ而テ此ホルネットロックスノ我国ニ属スルハ各国ノ地図皆然リ
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この文について、「各国の地図には、日本領とは示されていない」という捏造解釈した反論がある。渡辺洪基は、過去の史実に非常に明るかったため、現竹島は、日本領土であることに疑いをもっていなかったのである。このため、各国の地図に示されている「ホルネットロックス」は、位置的に現竹島にて日本領であるのは当然と考えただけのことである。
余談であるが、渡辺洪基を調べたところ福井出身で、外務省を退官後、東京府知事、東京帝国大学初代総長になっている。
8.18??年?月?日 「松嶋巡視要否の儀」(外務省 田辺太一)
http://matsu.rc.kyushu-u.ac.jp/study/takeshima/siryo-list/matsushimajunsinogi.html
この文書は、渡辺洪基の「松島の議」の竹島、松島調査要請に関する返答である。さて、渡辺の文書と比較すると、面白いことがわかる。「松島ハ(略)蔚陵島ニ属スル于山ナリ」ル者ハ朝鮮ノ蔚陵島トシ」の記述より、彼が松島を「現竹嶼」と解釈していたことがわかる。現鬱陵島を松島と解釈していた。つまり、1.,2.における松島竹島解釈(現竹嶼→松島、現鬱陵島→竹島)がこの時まで存在したのである。(反対に渡辺が例外的であったとも考えられる)
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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