竹島外一島に関する考察1(経緯の概要)
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2003/01/29 14:59 投稿番号: [986 / 18519]
以前ahoさんがご指摘のとおり、官僚は過去の通達、事務連絡、公示を非常に大切にする。これはどこの国でも普遍である。そこで、外務省を中心として、竹島外一島の前後の日本政府の現竹島に関する動向(一部島根県含む)を時系列で整理すると以下のとおりである。
場合によっては1と2の前後関係が逆転するが、考察の論理性が若干弱くなるが、骨子は変わらない。
1.1870年?月?日 「朝鮮国交際始末内探書」(外務省
佐田白茅)※派遣は1869年
2.1870年?月?日 「竹島松島朝鮮付属に相成り候始末」(明治政府)
3.1873年10月5日 「内務省の地理寮から島根県宛の伺い書」(内務省→島根県)
4..1873年10月16日 「日本海内にある竹島他一島の地籍編纂方法に関する伺い書」(島根県→内務省)
5.1874年3月17日 「日本海内竹島外一島の地籍編纂に対する伺書」(内務卿→右大臣)
6.1874年3月29日 「竹島外一嶋之義 本邦関係無」(右大臣)
7.1878年?月?日 「松島の儀」(外務省
渡辺洪基)
8.18??年?月?日 「松嶋巡視要否の儀」(外務省
田辺太一)
9.1880年6月?日 「軍艦天城松嶋調査」
10.1881年8月20日 「竹島版図所属考」
11.1881年11月29日 「鬱陵島の現状を照会(詳細不明)」(内務省→外務省)
12.1883年3月1日 「朝鮮国所属蔚陵島ヘ我国民渡航禁止ノ件」
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/986.html