籌海図編について
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2005/06/13 11:04 投稿番号: [9828 / 18519]
明の胡宗憲が幕下の地理学者鄭若曽に編纂されたものですが、この中の日本図は、倭寇の大頭目である王直への使者が、五島列島や薩摩藩などで蝟集した資料に基づいていると考えて良いでしょう。
面白いのは、どうやら鄭若曽は対馬を日本領と見ていなかったようで、これは当時朝鮮に取り締まられていた倭寇側の認識を反映したのかもしれませんね。
所謂「応永の外寇」などの際にも、室町幕府が朝鮮に抗議した形跡が見られないので、倭寇の取締に関しては、対馬は朝鮮の勢力圏と見ていたのでしょう。
反面、後年大屋仁吉が「発見」したはずの竹島が伯耆州因幡州の沖に記されているのが大変興味深い。
日本には天啓4年版(1624年)などが移入されているようですが、17世紀の日本にも「中国の本にも書いてある。竹島は因幡伯耆に属しているではないか」と考えるものが居たかもしれませんね。
これは メッセージ 9789 (te2222000 さん)への返信です.
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