竹島

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「世宗実録」 を、検証する

投稿者: tuutuu32 投稿日時: 2005/06/01 21:36 投稿番号: [9722 / 18519]
初参加です。よろしくお願いします。
いろいろな論客の方のバトルを拝見し、大変勉強になっています。

さて、風日清明、則可望見の解釈ですが、okinotorisimaさんのご意見が正しいのではないでしょうか。遠くないというのは、近いということです。地球儀でも眺めていて、東京はソウルから遠くないとする表現は、それが例え1000キロ離れていようとも適当な表現です。しかし、鬱陵島付近の狭い範囲の視点では、100キロ近くも離れた「風日清明なら見える島」は遠いと表現するのが適当です。
正史であればなおさら、そのような矛盾する表現を、しかも続けて記述するはずがないと思います。このような距離に関する感覚が、普遍のものかどうかは分かりませんが、特に、動力もなく危険な航海を強いられる時代の100キロというのは、遠くないものでしょうか。海と陸とで多少感覚は変わるかも知れないと考えたのですが、陸で生活をしている私は、海の100キロも陸の100キロも同じく遠いという感覚にしかなりません。
私なら、遠くないとは表現せず、はるかに見える距離にあるとしか書きません。距離に関して、別の感覚を持たれる方はいらっしゃいますか。教えて頂きたいのですが。

次に、今、私が抱いている疑問なのですが、鬱陵島(若しくは現在の竹島)を探険した朝鮮の方が、島の様子を望見したときに、2回とも島の7里〜8里から眺め、1回目は風が強かったとの記述がありました。2回ともなぜ、同じ距離から望見したのか良く分からないのですが、何か近づけない理由があったのでしょうか。探険を命じられたら、もっと近寄って見るのが義務だと思うのですが。2回とも風のせいでしょうか。それとも、別の理由があるのでしょうか。暗礁が多くて近づけないとか。それとも、近づきすぎると島の全体像が分からないので、あえて遠くから見たとか。皆さんなら、どうされますか。

もう一つ、昔、帆船というのは、夜間も帆を揚げて航行したのでしょうか。というのは、鬱陵島から隠岐まで、どのようなルートを辿ったのか知りたいのです。つまり、隠岐へは直線ではなく、大きく西方向に迂回して進み、夜は潮に任せて、いわばジグザグに航路をとるのではないかと考えているからです。

以上、まだ、史料批判をする知識能力が不足しているので、しばらく、人間の合理的行動という視点や、当時の状況から、この問題を眺めてみたいと思っています。今後ともよろしくお願いします。
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