1905年の 日韓条約のみ有効
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/05/05 10:47 投稿番号: [9276 / 18519]
転写
『東国輿地勝覧』は『春官志』を改ざんしたものですが
『春官志』には干山島の存在は出てきません。
また。『東国輿地勝覧』や『世宗実録地理志には鬱陵島の詳述はあっても
干山島に関する詳述はなく
これは当然のことであり
この分註の「二島は縣の正東の海中にあり」は、『世宗実録地理志』が編纂される際、
その典拠(てんきょ)となった『太宗実録』で鬱陵島を于山島と記述した部分を、
『世宗実録地理志』の編纂者達がそのまま于山、武陵の二島と併載(へいさい)
したために生じた誤記だったからである。
日本の書籍の中には竹島が載せられてる書籍は、1530年の「竹島関係旧鳥取藩文書及び絵図」というものがあります。
これは韓国で初めて干山島が記載される「新増東国輿地勝覧」と1531年とほぼ同じ時期です。
我々が問題とするべきは
1905年の日韓の間で結ばれた条約の有効性のみであると考えます。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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