斉藤郡代は「此の州」と・・・
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/04/28 12:43 投稿番号: [9182 / 18519]
隠州視聴合紀の竹島関連の部分
① 隠州在北海中故云隠岐島、
② 従是南、至雲州美穂関三十五里、
③ 辰巳至泊州赤碕浦四十里、
④ 未申至石州温泉津五十八里、
⑤ 自子至卯、無可往地、
⑥ 戍亥間行二日一夜有松島、
⑦ 又一日程有竹島、
⑧ 俗言磯竹島
多竹魚海鹿、按神書所謂五十猛歟
⑨ 此二島無人之地、見高麗如自雲州望隠州、
⑩ 然則日本之乾地、以此州為限矣
① 隠州(隠岐島)は、北の海の中にあり、故に隠岐島という
② 是(隠岐島)より南、雲州(出雲国・島根県東部)美穂関に至るは(海上)35里
③ 辰巳(南東)に伯州(伯耆(ほうき)国・島根県西部)赤崎浦に至ること(海上)40里
④ 未申(南西)に石州(石見国・島根県西部)温泉津に至ること(海上)58里
⑤ 子(北)より卯(東)に至りては、往くべき地は無し
⑥ 戌亥(北西)の間、行2日1夜行けば、松島(現在の竹島)がある。
⑦ また一日ほどの程で竹島(現在の鬱陵島)がある。
⑧ これは俗に言う磯竹島のことである。
竹や魚・海驢(あしか)が多い。按ずるに、神書の所謂五十猛歟。
(按ずる=考えをめぐらす。調査する)
⑨ この2島、無人の地である。高麗(朝鮮)を見ること雲州より隠州を望むがごとし。
⑩ 然からば即ち、日本の乾(北西)の地、此の州を以て限りと為す。
齋藤豊仙は、北海の中にある隠岐島が、隠岐島から東西南北、それぞれの方向にある日本の領地まで、どれだけの位置にあるかを記述している
②の記述から、此の文書は、隠岐島を中心の基点にして、それぞれの地域を放射線状に記述していることが解る。
隠州視聴合紀の「此の州」とは鬱陵島である
Okino:
>然則日本之乾地、以此州為限矣<
隠岐島から見て北西の地にある 鬱陵島
を以って限りとす
つまり国境とする
だから文章は前後から判断すべきで
子平は国代記から引用してるので
此の州と此の嶋は同じ意味と理解する
○「州(す)は洲の新用字とだけ記してある
国代記では竹嶋、松島の「群島」を主島を代表して記したと推察する
日本語は単数複数の別、はっきりさせないから誤解をうけるね
これは メッセージ 9176 (te2222000 さん)への返信です.
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