韓国の「竹島」認識の歴史
投稿者: llllowollll 投稿日時: 2003/01/24 01:51 投稿番号: [851 / 18519]
最近まじで忙しくて全然書き込みできなくて寂しい思いをしてます。
けど結構盛り上がってますね、相も変わらず壊れたステレオもいるし、名前を変えた誰かさんもいるみたいだけど、まあ気にせずにいきましょうかね。
さて、歴史的、国際法的な根拠問題に関してはもう完全に決着がついたようですね。
まあ、韓国側から新たな資料が提示されない限り、もう進展はないでしょう。
あとは純粋に個人の興味の世界ですね。
今、興味があるのは、韓国の竹島に関する認識と理解の歴史です。
私が過去ログや、今まで提示された資料を見る限り、韓国側の現竹島に対する明確な理解は1906年が初めてであり、それ以前に関しては認識していた事実すら確認できないのですが、唯一安福龍による、「于山は倭の所謂松島なり」という発言および、その後の「疆界考」の記述くらいしか現竹島を示す資料は見当たらない。
また何の連続性も無くいきなり出てきた「独島」の呼称
安福龍の言う「松島」が本当に現竹島と認識していたのかどうか?を考えると、このあたりは非常に興味深いところです
ここまで書くと勘のいい人は何を言いたいのか分かったと思いますが、それはまた後で。
とりあえず、日本での調査には限界があるのでこの間を埋める韓国側の資料があればまじで知りたいところです。もしかして私が知らないだけかもしれないですし。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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