鳥取藩(=伯耆藩、池田藩)
投稿者: VIVA_VIVA_21 投稿日時: 2005/04/09 10:11 投稿番号: [8466 / 18519]
あなたを含めて、よく「日本側は伯耆藩の大谷、村川2家が竹島経営をしたというが、伯耆藩なんてない。」という愚論を見かけますが、伯耆藩は鳥取藩のことです。
こういう例は加賀藩が金沢藩と呼ばれることがあるのと同じで藩を呼ぶ際には領地内の藩庁のある都市や代表的都市の名前で呼ばれたり(金沢藩、仙台藩etc)、2ヶ国以上に領有がまたがる場合は、本城のある領国名(尾張藩、伯耆藩etc)で呼ばれたり、または領主の名字で呼ばれたりする場合もありますので枚挙に暇がありません。
加賀藩、金沢藩、前田藩は同じで、中津藩、小倉藩、細川藩も同じです。細川藩などは後に肥後に移封されたので、よく国名とあわせて肥後細川藩と呼ばれたりもします。江戸期の古文書にも「肥後細川江戸藩邸」などという記載が多々あります。当時も様々な呼び方があったことを端的に示すものです。
もっと有名なところでは長州藩、萩藩、毛利藩の例があります。いずれも同じ藩のことです。
江戸城内的には「萩藩」ということになりますが、世間では俗名の「長州藩」の方が有名のような気がします。伯耆藩は鳥取藩自体がマイナーであり、あまり有名ではないのでこのような韓国人らしい詭弁が出てくるものと思われます。
正式名称と違う呼び方をするのは日本の政治史を眺めると非常に多いです。
位階勲等1つ取っても、右大臣=右府、内大臣=内府、中納言=黄門などです。
関ヶ原直前の文書でも徳川家康を称して、「徳川内府」「江戸内府公」など様々な呼び方をしていますが、いずれも「徳川家康」です。正式名称とその別称を知っていれば問題ないのです。
水戸黄門などは有名ですが、正式な官職名は中納言です。
韓国人から見れば、違うと言うことになるのかもしれませんが、ここまで相手の国の実情を見ずに文句を言うのはいちゃもんとしか言えません。
この部分こそ韓国側が歴史をきちんと認識していない証拠とも言えそうです。
これは メッセージ 8461 (wajin_bakabaka_wajin_baka さん)への返信です.
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