朝鮮の松島(于山島)認識と扱い2
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2003/01/20 21:53 投稿番号: [799 / 18519]
朝鮮のほうでは、これ以後、松島=于山島という認識がすっかり定着したようで、宋炳基氏はこう記しました。
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「東国文献備考」に続いて19世紀はじめ(1808・純祖8年頃)には王命により『萬機要覧』が編纂された。そしてその軍政編4,海防東海条には『増補文献備考』に載せられた「東国文献備考」蔚珍条の附録記事、すなわち鬱陵島・于山島の位置と沿革、鬱陵島領有権紛糾、安龍福渡日事件等を加減無くそのまま転載している。
これは、于山島は朝鮮領で日本側から呼ばれる松島というのは「東国文献備考」の見解を『萬機要覧』でもそのまま継承使用していたことを意味しているのである。『萬機要覧』は国王が座右に置いて参考にする目的で編纂された政務指針書であった(注3)。
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結局「竹島一件」でいやおうなく対応を迫られた朝鮮政府は、それ以降、朝鮮領の鬱陵島は日本名の竹島、同じく朝鮮領の于山島は日本名の松島であると確信するようになったのでした。
RE:794, hakkoda1297さん
>また、この事実をもって国際法的に韓国に領有権があるとするためには、李氏朝鮮政府が松島(=竹島)の所在を認識するだけでなく、実効的な支配を及ぼしたことが必要であると思うのですが、そのような事実はあったのでしょうか?
近代以前において、近代法の概念である「実効支配」を持ちだすのはいかがなものでしょうか? まず「実効支配」の定義すら困難ではないでしょうか? また「竹島日本領派」の法学者ですらそのような発言はしません。日本政府の領土問題ブレーン?である芹田健太郎氏はこう記しました。
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日本の主張は、開国以前の日本には国際法の適用はないので、当時にあっては、実際に日本で日本の領土と考え、日本の領土として扱い、他国がそれを争わなければ、それで領有するには充分であった、と認められる、というものである。
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これを朝鮮の于山島(竹島=独島)にあてはめるとどうでしょうか。竹島一件から西欧への開国以前、朝鮮は松島すなわち于山島を我国の地と考え、正史などでそう扱いました。さらに、松島(竹島=独島)をめぐって日本との間にはまったく争いがなかったばかりか、日本でも松島・竹島は朝鮮領と考えていたので、文句なしに朝鮮が領有していたということになるのではないでしょうか。
(注1)『増補文献備考』巻之三十一「輿地考十九」蔚珍古縣浦条
「輿地志云 鬱陵 于山 皆于山國地 于山則倭所謂松島也」
(注2)内藤正中『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』多賀出版,2000
(注3)内藤浩之訳「宋炳基『朝鮮後期の鬱陵島経営』」『北東アジア文化研究』第10号、鳥取女子短期大学北東アジア文化総合研究所,1999
(注4)芹田健太郎『日本の領土』中公叢書,2002,P159
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
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「東国文献備考」に続いて19世紀はじめ(1808・純祖8年頃)には王命により『萬機要覧』が編纂された。そしてその軍政編4,海防東海条には『増補文献備考』に載せられた「東国文献備考」蔚珍条の附録記事、すなわち鬱陵島・于山島の位置と沿革、鬱陵島領有権紛糾、安龍福渡日事件等を加減無くそのまま転載している。
これは、于山島は朝鮮領で日本側から呼ばれる松島というのは「東国文献備考」の見解を『萬機要覧』でもそのまま継承使用していたことを意味しているのである。『萬機要覧』は国王が座右に置いて参考にする目的で編纂された政務指針書であった(注3)。
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結局「竹島一件」でいやおうなく対応を迫られた朝鮮政府は、それ以降、朝鮮領の鬱陵島は日本名の竹島、同じく朝鮮領の于山島は日本名の松島であると確信するようになったのでした。
RE:794, hakkoda1297さん
>また、この事実をもって国際法的に韓国に領有権があるとするためには、李氏朝鮮政府が松島(=竹島)の所在を認識するだけでなく、実効的な支配を及ぼしたことが必要であると思うのですが、そのような事実はあったのでしょうか?
近代以前において、近代法の概念である「実効支配」を持ちだすのはいかがなものでしょうか? まず「実効支配」の定義すら困難ではないでしょうか? また「竹島日本領派」の法学者ですらそのような発言はしません。日本政府の領土問題ブレーン?である芹田健太郎氏はこう記しました。
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日本の主張は、開国以前の日本には国際法の適用はないので、当時にあっては、実際に日本で日本の領土と考え、日本の領土として扱い、他国がそれを争わなければ、それで領有するには充分であった、と認められる、というものである。
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これを朝鮮の于山島(竹島=独島)にあてはめるとどうでしょうか。竹島一件から西欧への開国以前、朝鮮は松島すなわち于山島を我国の地と考え、正史などでそう扱いました。さらに、松島(竹島=独島)をめぐって日本との間にはまったく争いがなかったばかりか、日本でも松島・竹島は朝鮮領と考えていたので、文句なしに朝鮮が領有していたということになるのではないでしょうか。
(注1)『増補文献備考』巻之三十一「輿地考十九」蔚珍古縣浦条
「輿地志云 鬱陵 于山 皆于山國地 于山則倭所謂松島也」
(注2)内藤正中『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』多賀出版,2000
(注3)内藤浩之訳「宋炳基『朝鮮後期の鬱陵島経営』」『北東アジア文化研究』第10号、鳥取女子短期大学北東アジア文化総合研究所,1999
(注4)芹田健太郎『日本の領土』中公叢書,2002,P159
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 798 (hangetsujoh さん)への返信です.
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