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投稿者: seonsaeng 投稿日時: 2004/12/17 18:53 投稿番号: [6507 / 18519]
『韓国水産誌』によりますと、朝鮮人の30隻は「帆船」とあります。それに対して、日本人は「漁船」を120隻所有・操業していたとありますね。
イカ釣り漁の漁期は、5月から11月までの7ヶ月間であったという事ですから、年中、鬱陵島に住む必要はなかったという事になります。
あと、当時の鬱陵島では島民は大豆を主食としており、大豆が貨幣の代わりとして通用していたとのことです。
ですから、米との物々交換は、ほとんど、日本人の間、すなわち日本人商人と日本人イカ釣り業者・加工業者の間で行われたと考えるのが妥当でしょう。
もちろん、原始的な帆船でイカ釣り業を営んでいた朝鮮人にも米が代金として支払われたとは考えられます。
これは メッセージ 6502 (seonsaeng さん)への返信です.
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