竹島

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>下條教授って

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2004/12/11 23:37 投稿番号: [6377 / 18519]
下條氏は実際に行ってますよ。文庫本の一冊も読めば分かることですが、読みもしないでどうしてそういう見下げた批判から入ろうとなさるのはいかがでしょうか。

それはともかく、面白そうなので私も手元の資料をちらっとのぞいて見ました。下條氏はお嫌いのようですので内藤正中氏からもってきます。ただし、日本人渡航者に関する記述。

…鬱陵島は日本海の孤島であるから、当然に漁業が主産業のように思われるが、「本当には安全なる漁港なし」の実情であり、漁業のための条件は整備されていないとみるべきであろう。したがって、「住民の生業は農業を主」とすることになるが、潅漑水利の便を欠くため、伐採跡地の焼畑で大麦、大豆、馬鈴薯を生産するに過ぎない。(竹島[鬱陵島]をめぐる日朝関係史、p.153-154)

で、木材は取り尽くして海岸近くは禿山となってしまい、結局、イカ猟が来島日本人の主要な目的になっていったという話が出ています。一方、同書からの孫引きになりますが、奥原碧雲「竹島及鬱陵島」ではつぎのようにかかれているそうです(p.155)。

…韓人は和布海苔を採取するのみにて、他の漁業に従事するものなし。本邦人中、農業の傍ら漁業に従事するもの40人あり(明治38年調査)。

(具体的には本をお持ちでしたら151ページに鬱陵島からの輸出品目が具体的に一覧表になっているので確認して下さい。トドなどもあります)。

これだけでは物足りないので、いつぞやヘンチンさんがアップロードして下さった皇城日報ものぞいてみました。光武3年[1899]9月23日。

「…所産は柴胡、藁本、石楠、藤草、香草、槻木、藍竹で、土性は宜麦なりて古に牛形無角の水獣が有り、名を可之といい、海鳥が有り名を霍鳥という。
-中略-
居民は男女約三百口で、数十年来、漸次船匠商客と漁人耕夫が相随して至り、居生するが、海水が深く、魚産は未だ盛んならず、ただ海菜の運出が毎年に二千擔に多至…(原文、ハングル漢字混合文)」

で、土地は糞漑を要さず、春には大小麦、秋には薯と豆がとれることが記されています。通商としては、海菜と板木といったところ。

まぁ、和布、海苔、海藻類といった産物はあったのでしょうが、漁業は現在の我々が想像するほどには韓国人も日本人もあまりやってなかったようですね。
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