千島列島の範囲2
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2003/01/05 17:41 投稿番号: [630 / 18519]
クナシリ・エトロフが千島列島に含まれることは、かつて外務省すら認めたことが今でははっきりしています。上のサイトはそれを示す極秘の史料がオーストラリアの公文書館にあると下記のように記しています。
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最近になって、この問題に関するきわめて重要な資料が発見された。1994年、キャンベラのオーストラリア公文書館で、日本政府が戦後間もない時期に発行したブックレットが発見されたのである。“MINOR ISLANDS ADJACENT TO JAPAN PROER”と題されたこのブックレツトの表紙には「秘」のスタンプが押されており、長い間封印され研究者たちの目から隠されてきたことを物語っている。このブックレツトについて論文を発表した Kimie Hara 氏によると、実際にこのブックレツトは日本の外務省によって徹底的に回収され、その存在を隠されてきた*10。
1946年11月発行のこのブックレットは、外務省の条約局と政務局のメンバーを中心に1945年11月に設置された「平和問題研究幹事会」が作成したものであり、そこではいくつかの地図とともに当時の日本政府・外務省の「千島列島」に関する認識が明らかにされているが、そこでは国後・択捉を含む北海道とカムチャッカ半島の間の全島が「千島列島」と明示されている*11。さらにこれらの図からは、このパンフレットの目的が歯舞・色丹と南北両千島列島とを区別して、「北海道の一部」としての歯舞・色丹に交渉の焦点を当てることにあることが、はっきりと見て取れる。
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4島一括返還にこだわるあまり、千島列島の定義でごり押ししたのではロシアの不信をいたずらに増幅させ、問題の解決を遅らせただけではないでしょうか。
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
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最近になって、この問題に関するきわめて重要な資料が発見された。1994年、キャンベラのオーストラリア公文書館で、日本政府が戦後間もない時期に発行したブックレットが発見されたのである。“MINOR ISLANDS ADJACENT TO JAPAN PROER”と題されたこのブックレツトの表紙には「秘」のスタンプが押されており、長い間封印され研究者たちの目から隠されてきたことを物語っている。このブックレツトについて論文を発表した Kimie Hara 氏によると、実際にこのブックレツトは日本の外務省によって徹底的に回収され、その存在を隠されてきた*10。
1946年11月発行のこのブックレットは、外務省の条約局と政務局のメンバーを中心に1945年11月に設置された「平和問題研究幹事会」が作成したものであり、そこではいくつかの地図とともに当時の日本政府・外務省の「千島列島」に関する認識が明らかにされているが、そこでは国後・択捉を含む北海道とカムチャッカ半島の間の全島が「千島列島」と明示されている*11。さらにこれらの図からは、このパンフレットの目的が歯舞・色丹と南北両千島列島とを区別して、「北海道の一部」としての歯舞・色丹に交渉の焦点を当てることにあることが、はっきりと見て取れる。
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4島一括返還にこだわるあまり、千島列島の定義でごり押ししたのではロシアの不信をいたずらに増幅させ、問題の解決を遅らせただけではないでしょうか。
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 629 (hangetsujoh さん)への返信です.
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