独島問答 Q96, 韓日条約
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/08/01 22:02 投稿番号: [5521 / 18519]
愼𨉷廈教授の「独島問題 百問百答」
Q96.(韓日条約)
1965年、韓日基本条約と韓日漁業協定が締結された時、韓国の「独島」領有権は損傷を受けなかったのか? この時「平和線」が撤廃されたが・・・。
ANS.
1965年の韓日基本協定は、韓国が当然の権利を設定できないまま締結された疑惑だらけの条約である。今後、精緻で膨大な研究が必要である。
当時の大韓民国は、韓国の独島領有権に関して確乎、不動で断固たる立場にたって韓日会談に臨むことすら強力に反対する一方で、日本は「独島問題」をぜひ論議しようとする立場であった。こうした論議過程であらゆる詭弁があふれ出た。
当時、東海における漁業の実態は、日本側が一方的に優越した装備をととのえ東海を席巻していたが、「平和線」は東には「独島」と日本の「隠岐島」の間に引かれて漁業資源の保護に大きな役割を果たしていた。
また、大韓民国政府は「平和線」を越えてくる日本漁船を拿捕して処罰していたので、「独島」と日本「隠岐島」の間に引かれた平和線は「独島」を守るのにも一定の役割を果たしていた。
1965年、そうした「平和線」の撤廃は日本にきわめて有利な条件を形成した。装備が圧倒的に優勢な日本の漁船は韓国領海である沿岸12マイルまで入り魚を獲っていった反面、韓国の漁船は漁場を喪失したまま、劣悪な装備で日本の漁船と開放競争をしいられた。この状態は、韓国が経済発展に成功して漁船装備を近代化するまで継続した。
しかし、大韓民国政府は、独島とその領海12カイリを固く守り、日本の領有権主張に断固と反発し、大きな問題は生じなかった。ただ、日本政府と議会は周期的に「独島問題」を引っぱりだし、議会が政府を批判する形式で挙論したのみであった。
日本政府は「竹島(独島)は日本領という日本政府の立場に変わりはない」と答弁して速記録に記録し、日本の海上保安庁巡視船が年に1,2回、定期的に独島周囲を巡視して帰っては報告書を提出し、次を期した資料を蓄積していた。
コメント1;条約での竹島=独島の扱い
条約の公式文書に竹島=独島は一言半句も記述されませんでした。そのため、国際的には対日講和条約段階の連合国による韓国の竹島=独島統治黙認の状況がそのまま継続されたままといえます。
<日韓基本条約>
http://www.han.org/a/half-moon/hm038.html#No.263
コメント2;日韓交渉過程の公開
日韓条約交渉で竹島=独島問題をめぐり議論の応酬がなされましたが、その詳細は公表されていないので全容は不明です。一時、韓国政府は資料の一部公開をはかりましたが、それすら日本政府の強い反対意見にあい、公開は見送られました。日本の外務省内には「日韓交渉と聞いただけで、公開を嫌悪する空気がある」ようです。
<日韓交渉資料の非公開申し入れ>
http://www.han.org/a/half-moon/hm030.html#No.220
コメント3;<李ラインの経緯>
http://www.han.org/a/half-moon/hm087.html#No.604
Q96.(韓日条約)
1965年、韓日基本条約と韓日漁業協定が締結された時、韓国の「独島」領有権は損傷を受けなかったのか? この時「平和線」が撤廃されたが・・・。
ANS.
1965年の韓日基本協定は、韓国が当然の権利を設定できないまま締結された疑惑だらけの条約である。今後、精緻で膨大な研究が必要である。
当時の大韓民国は、韓国の独島領有権に関して確乎、不動で断固たる立場にたって韓日会談に臨むことすら強力に反対する一方で、日本は「独島問題」をぜひ論議しようとする立場であった。こうした論議過程であらゆる詭弁があふれ出た。
当時、東海における漁業の実態は、日本側が一方的に優越した装備をととのえ東海を席巻していたが、「平和線」は東には「独島」と日本の「隠岐島」の間に引かれて漁業資源の保護に大きな役割を果たしていた。
また、大韓民国政府は「平和線」を越えてくる日本漁船を拿捕して処罰していたので、「独島」と日本「隠岐島」の間に引かれた平和線は「独島」を守るのにも一定の役割を果たしていた。
1965年、そうした「平和線」の撤廃は日本にきわめて有利な条件を形成した。装備が圧倒的に優勢な日本の漁船は韓国領海である沿岸12マイルまで入り魚を獲っていった反面、韓国の漁船は漁場を喪失したまま、劣悪な装備で日本の漁船と開放競争をしいられた。この状態は、韓国が経済発展に成功して漁船装備を近代化するまで継続した。
しかし、大韓民国政府は、独島とその領海12カイリを固く守り、日本の領有権主張に断固と反発し、大きな問題は生じなかった。ただ、日本政府と議会は周期的に「独島問題」を引っぱりだし、議会が政府を批判する形式で挙論したのみであった。
日本政府は「竹島(独島)は日本領という日本政府の立場に変わりはない」と答弁して速記録に記録し、日本の海上保安庁巡視船が年に1,2回、定期的に独島周囲を巡視して帰っては報告書を提出し、次を期した資料を蓄積していた。
コメント1;条約での竹島=独島の扱い
条約の公式文書に竹島=独島は一言半句も記述されませんでした。そのため、国際的には対日講和条約段階の連合国による韓国の竹島=独島統治黙認の状況がそのまま継続されたままといえます。
<日韓基本条約>
http://www.han.org/a/half-moon/hm038.html#No.263
コメント2;日韓交渉過程の公開
日韓条約交渉で竹島=独島問題をめぐり議論の応酬がなされましたが、その詳細は公表されていないので全容は不明です。一時、韓国政府は資料の一部公開をはかりましたが、それすら日本政府の強い反対意見にあい、公開は見送られました。日本の外務省内には「日韓交渉と聞いただけで、公開を嫌悪する空気がある」ようです。
<日韓交渉資料の非公開申し入れ>
http://www.han.org/a/half-moon/hm030.html#No.220
コメント3;<李ラインの経緯>
http://www.han.org/a/half-moon/hm087.html#No.604
これは メッセージ 5506 (hangetsujoh さん)への返信です.
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