いや、やはり違いますね
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/05/20 23:47 投稿番号: [4761 / 18519]
>分断支配の結果の内乱と、豊・徳の内乱との区別をつけた上であなたは何を言いたいのですか?
朝鮮の場合残念なのは、日本の敗戦後、朝鮮のリーダー達がもっと大同団結すべきだったという事ですね。
さらに、大阪夏の陣なり関ヶ原なりは、一般の内乱に過ぎません。それは申したとおりです。戊辰戦争とは正性格が違うと、申しましたよね。こちらの方が、朝鮮動乱に少しだけ近いわけです。背後にそれぞれ外国が居たから。
>戦前の日本の誤りは反省したとしても、原爆投下についてアメリカに反省を促すのは当然だと思いますが・・・・
戦前の「誤り」というのがよく分かりませんので、なんとも申せません。
原爆は、残虐な兵器ですが、交戦状態にある国同士の戦闘中に使われた兵器ですから、それ自体を非難すべきではありません。
むしろ、これから「如何に使わないようにするか」に関心を払うべきです。
それに加えて、日本は徹底的に戦ったので、遺恨は無いのです。よくもあそこまで戦ったと思いますし、よくもあそこで降服してやめたと思います。
>まず誤りは誤りとして認めてからでしょう、友好は。
何が誤りなのかこれまた分かりかねるので、コメントしようもありません。
>「原爆投下もいいことだった」といわれれば、広島の人々は、友好的な気持ちをもてないでしょう。
そりゃね。特に被爆者がまだ沢山存命しておられるし。
ただし、社会科学としてはこうは言えます。「アメリカは原爆を二発も使わなければ戦争を終結出来なかった。しかしその結果、中国は共産化し、朝鮮まで分断してしまった」と。
社会科学に私情は禁物です。「原因・プロセス・結果」の三つですな。
あ、そうだ。「誤りは誤りとして」は、是は是、非は非、と解釈してOKですね?
糞も味噌も十羽一絡げに「反省しる!」じゃ、おかしいですからね。
これは メッセージ 4749 (mattouya さん)への返信です.
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