三峰島
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2004/02/06 19:20 投稿番号: [3600 / 18519]
>加えて、以下の地図上覧の「物産(特産物)」の中に「可支魚(ニホンアシカ)」と表記されていることが、鬱稜島が「可支島」とも呼ばれた可能性を裏付けるものと言える。
可支島と蓼島については具体的な話があるわけでもありませんし、何とも確定しづらいと思っています。鬱陵島に「可支」がいるかどうかは関心があった部分で、ご指摘の資料は参考になります。
現在、鬱陵島でアシカの話は全然出てこないのではないでしょうか。検索をしても引っかからないのでは?アシカといえばやはり独島のイメージですが、鬱陵島でアシカがとれたという話は興味深いです。
>「西距島七八里許到泊 望見則 於島北 有三石列立 次小島 次巌石列立 次中島 中島之西又有小島 皆海水通流」の解釈だが、18世紀の「海東地図」から見ても鬱稜島を北東から南へ下って見る解釈は合わないと思う。
これについては、私は北東がもっとも妥当であると判断します。ご指摘の可能性もあるかもしれませんが、私は「西に島を隔てて7・8里」と読んでいますので、ちょっと視角が変わってきます。いずれにしてもこれが独島を指すかどうかは、ちょっと疑問に思っています。
これは メッセージ 3597 (Gaenara さん)への返信です.
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