三峰島=鬱陵島 III
投稿者: Gaenara 投稿日時: 2004/02/06 16:39 投稿番号: [3597 / 18519]
「西距島七八里許到泊 望見則 於島北 有三石列立 次小島 次巌石列立 次中島 中島之西又有小島 皆海水通流」の解釈だが、18世紀の「海東地図」から見ても鬱稜島を北東から南へ下って見る解釈は合わないと思う。
やはり、鬱稜島の北側を西へと解釈する私の持論が合うようだ。
加えて、以下の地図上覧の「物産(特産物)」の中に「可支魚(ニホンアシカ)」と表記されていることが、鬱稜島が「可支島」とも呼ばれた可能性を裏付けるものと言える。 又、この地図に於いても、「倭船倉可居」と大きく書かれていることから、当時の同島に於ける日本人達の存在が大きかったことが分かる。
http://myhome.shinbiro.com/~shkimhp/urd/photo/haedong.jpg
これは メッセージ 3565 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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