>>>三峰島(付言)
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2004/02/02 11:17 投稿番号: [3530 / 18519]
>④何年か後、咸鏡北道観察使は金漢京を罰することを進言していること。
これについて、ちょっとまずい書き方だったので、一言付言します。この進言があったのは金自周の探査から5年後のことで、原文はさきに示したように、以下の通りです。
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(三峰島…アヒル注)前者往来者 或云遥見 或云不得見 莫辨真偽 今也 遣人捜覓 如終無此島 則将初発言金漢京輩 明其 語惑衆之罪 置之極刑 伝屍一道 以示衆目 則愚民亦知三峯島之必無 而其胥動之惑 自解.(成宗実録:成宗12年、永安道監察使)
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で、この進言について、一応説明しておきます。これは、永安道監察使が三峰島探査を申し出るときに出されたものです。
引用からはずれますが、三峰島がどこにあるかも明らかではないこと、愚かな民が財産を捨てて移っていること、この国を背く者たちの島を探査する必要があるとしています。そして、これにおいて島の存在がないことが確認されれば、初めに三峰島の存在を言い出した金漢京を罰する必要があるとしているようです。(全文は、アホさんご紹介の独島資料サイトにもあります。)
ここで分かることは、金自周探査から5年後において、
・三峰島が相変わらずどこにあるか分からないこと。そして、愚かな民に島に移り住む者たちがいること。探査して島を探す必要があるとしていること。
・島の存在が否定されれば金漢京を罰する必要があること。つまり、この時点で必ずしも二島論が確立していなかったということ。
です。
以上、ご参考まで。
これは メッセージ 3517 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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