>風が吹けば
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2004/01/25 16:09 投稿番号: [3266 / 18519]
私は理解を助けるためにさしあたり「大日本國沿海略圖」でご理解くださいと申し上げましたが、これを提示したことがそんなにご不満でしたでしょうか。直接の因果関係を聞かせろとのことですが、私は島根の附属書類だけでなく当時の周辺資料・情況から整合的に内務省・太政官の判断を考えるべきとするのであって、その一環としてこの地図も参考にしてもよろしいものと考えるだけです。
私が竹島=アルゴノート島、松島=ダジュレー島とする根拠は今まで記して来たとおりです。大体要約すると、
①三年後の天城の調査で鬱陵島が松島とされ、それがそのまま確定するに至ること。それにはそれだけの背景を考えうるということ。
②外務省の混乱だけでなく、当時、地図において文部省・陸軍までも鬱陵島を二つの島として記していること。
などです。
さらに、ついでに言うと、後に中井のアシカ猟請願の件につき内務省がリアンクール岩を「韓国領地の疑いあり」として渋ったことも興味深いところです。「外一島」でリアンクール岩が放棄されていたなら内務省は決して「疑いあり」という態度ではなく断固として反対したことでしょう。(おそらくリアンクール岩の所属は「外一島」以降その後1905年まで必ずしも正式には規定されず無主島と考えられたのでしょう。)
さまざまな周辺情況から、私は内務省・太政官が原則的に島根県の提示した竹島・松島を本邦外としつつも、地理的には必ずしも正確に把握していなかった可能性が大きいとするのであり、いずれにしても三年後の天城の調査以降は松島が鬱陵島に確定され、ここ(鬱陵島)までが明確に朝鮮領とされたと考える次第です。
>さらに ahirutousagi2さんは「竹島」伺書の付属書に動植物の宝庫であるかのごとく詳細に記された「竹島」が、実は存在しない「架空の島」であったと主張するにいたっては、あいた口がふさがりません。
何度も申し上げましたが、竹島・松島は当然に存在します。地籍として原則的にそれらの島を日本は「本邦外」としたのです。しかしおそらくリアンクール島が「松島」に該当するとは思っていなかったのでしょう。その向こう側に松島と竹島が別に二つあると考えていたのではないかと思います。竹島がなかったと言っているのではなく、竹島・松島を別の島に比定していたと申し上げているのです。
>もっともそのように考えるのは自称「竹島問題研究家」のみのようです。ahirutousagi2さんもその部類ですか?
私は単に竹島問題に関心を持って一ヶ月の入門者です。で、だからと言って、塚本孝氏の意見をそのままに受け入れることが真たる理解者とおっしゃるのでしょうか。私は私が読んだ資料の範囲で自分で判断するだけの話です。誰かの側につかないといけないものなのですか。もちろん、勉強を深めていけばまた考えも変わるかもしれません。それはそれだけのことです。
>学術的な論証を欠如した自称「竹島=独島問題研究家」の主張は一事が万事、そうした主張にいちいちコメントするのは時間の浪費かなと感じ始めています。
私のこの太政官判断の理解が大西俊輝と共通する部分があるからそのようにおっしゃるのでしょうか。ちなみに、私が大西俊輝を読んだのはこの考えに至った後のことで別に影響は受けていませんし、他のところで私は大西氏には同意できない部分もあります。細部的なことを話をするのにいちいちレッテル張りをする必要もないでしょう。「…研究家/研究者」のレッテルがそんなに重要ですか。
私が竹島=アルゴノート島、松島=ダジュレー島とする根拠は今まで記して来たとおりです。大体要約すると、
①三年後の天城の調査で鬱陵島が松島とされ、それがそのまま確定するに至ること。それにはそれだけの背景を考えうるということ。
②外務省の混乱だけでなく、当時、地図において文部省・陸軍までも鬱陵島を二つの島として記していること。
などです。
さらに、ついでに言うと、後に中井のアシカ猟請願の件につき内務省がリアンクール岩を「韓国領地の疑いあり」として渋ったことも興味深いところです。「外一島」でリアンクール岩が放棄されていたなら内務省は決して「疑いあり」という態度ではなく断固として反対したことでしょう。(おそらくリアンクール岩の所属は「外一島」以降その後1905年まで必ずしも正式には規定されず無主島と考えられたのでしょう。)
さまざまな周辺情況から、私は内務省・太政官が原則的に島根県の提示した竹島・松島を本邦外としつつも、地理的には必ずしも正確に把握していなかった可能性が大きいとするのであり、いずれにしても三年後の天城の調査以降は松島が鬱陵島に確定され、ここ(鬱陵島)までが明確に朝鮮領とされたと考える次第です。
>さらに ahirutousagi2さんは「竹島」伺書の付属書に動植物の宝庫であるかのごとく詳細に記された「竹島」が、実は存在しない「架空の島」であったと主張するにいたっては、あいた口がふさがりません。
何度も申し上げましたが、竹島・松島は当然に存在します。地籍として原則的にそれらの島を日本は「本邦外」としたのです。しかしおそらくリアンクール島が「松島」に該当するとは思っていなかったのでしょう。その向こう側に松島と竹島が別に二つあると考えていたのではないかと思います。竹島がなかったと言っているのではなく、竹島・松島を別の島に比定していたと申し上げているのです。
>もっともそのように考えるのは自称「竹島問題研究家」のみのようです。ahirutousagi2さんもその部類ですか?
私は単に竹島問題に関心を持って一ヶ月の入門者です。で、だからと言って、塚本孝氏の意見をそのままに受け入れることが真たる理解者とおっしゃるのでしょうか。私は私が読んだ資料の範囲で自分で判断するだけの話です。誰かの側につかないといけないものなのですか。もちろん、勉強を深めていけばまた考えも変わるかもしれません。それはそれだけのことです。
>学術的な論証を欠如した自称「竹島=独島問題研究家」の主張は一事が万事、そうした主張にいちいちコメントするのは時間の浪費かなと感じ始めています。
私のこの太政官判断の理解が大西俊輝と共通する部分があるからそのようにおっしゃるのでしょうか。ちなみに、私が大西俊輝を読んだのはこの考えに至った後のことで別に影響は受けていませんし、他のところで私は大西氏には同意できない部分もあります。細部的なことを話をするのにいちいちレッテル張りをする必要もないでしょう。「…研究家/研究者」のレッテルがそんなに重要ですか。
これは メッセージ 3260 (hangetsujoh さん)への返信です.
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