>>>紛争解決
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2004/01/20 20:27 投稿番号: [3206 / 18519]
普通に考えれば、領土問題はこの「日韓請求権並びに経済協力協定」の観点から論じるべき問題でしょうか。例えば、この協定について椎名悦三郎外務大臣が外交演説において次のように規定しています。
------
財産及び請求権の解決並びに経済協力に関する協定は、両国及びその国民の財産並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題を解決し、並びに両国間の経済協力を増進することを目的とするものであり、両国及びその国民の財産、権利及び利益並びにその国民の間の請求権に関する問題を完全かつ最終的に解決することを定めるとともに、韓国に対する三億ドル相当の生産物及び役務の無償供与並びに二億ドルまでの海外経済協力基金による円借款の供与による経済協力について規定しております。
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/fam/19651013.SXJ.html
------
私は竹島問題はこれよりもむしろ「紛争の解決に関する交換公文」の視点が基本軸になるのではないかと思いますがいかがでしょう。竹島に設置された植民地時代の何らかの施設があったとして、それをどう考えるかの問題でしたら別ですが。
で、紛争についてですが、これはyusura_sdhkさんの3187にはちょっと賛同できません。
紛争の定義についてはさしあたり次のように考えてよさそうです。
------ -
紛争とは、狭義では武力紛争を指すが、武力紛争に至らない暴力や、力の行使に至らない意見の相違、利害対立なども包摂する広義の紛争を想起することもできる。長谷川(アヒル注:長谷川公一)は「紛争は対立関係がさらに進んだ段階であり、複数の当事者が目標の両立不可能性を意識し、しかもなお相互に両立不可能な目標の達成を動機化し続けているような社会関係ないし社会過程である。」と定義している。
「紛争と開発」平成12年度国際協力事業団客員研究員報告書p.3
------ -
この定義に従えば、明らかに竹島問題はすでに紛争であるといわざるを得ないものと思われます。そして「なぜ日本は竹島を海上封鎖するなりの方法で,この問題を紛争にしないのか(ユスラさんのまとめ)」ということですが、こうした行動は基本的に「日韓基本条約」の精神にもとるものであると思われます。
そもそも「紛争の解決に関する交換公文」は武力衝突にいたることを避けるための平和と安定の精神を背景にしたものであるとすれば、武力などを伴う強硬手段ではじめて「紛争」が発生するという見方は本末顛倒とも言えるかもしれません。
武力の伴わない両立不可能な理解による紛争はもとより自国の主張を正しいとする立場はあたりまえのものです。自国の見方が正しいから相手の主張は容認できず、遺憾である、紛争も発生していない、したがって一切対応する必要は無いという韓国の考え方こそ、やはり問題だといわなければなりません。
そして、小泉首相などに対して「妄言」としか言葉を知らない韓国のマスコミは、それこそ自らが「妄言」に過ぎないといわなければならないでしょう。本来であればそれぞれの主張をできる限りにおいて客観的に示し、その上で外交的なテーブルに自国政府を促すのがマスコミの本来の姿ではないでしょうか。(まぁ、日本のマスコミも問題がありますが)
------
財産及び請求権の解決並びに経済協力に関する協定は、両国及びその国民の財産並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題を解決し、並びに両国間の経済協力を増進することを目的とするものであり、両国及びその国民の財産、権利及び利益並びにその国民の間の請求権に関する問題を完全かつ最終的に解決することを定めるとともに、韓国に対する三億ドル相当の生産物及び役務の無償供与並びに二億ドルまでの海外経済協力基金による円借款の供与による経済協力について規定しております。
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/fam/19651013.SXJ.html
------
私は竹島問題はこれよりもむしろ「紛争の解決に関する交換公文」の視点が基本軸になるのではないかと思いますがいかがでしょう。竹島に設置された植民地時代の何らかの施設があったとして、それをどう考えるかの問題でしたら別ですが。
で、紛争についてですが、これはyusura_sdhkさんの3187にはちょっと賛同できません。
紛争の定義についてはさしあたり次のように考えてよさそうです。
------ -
紛争とは、狭義では武力紛争を指すが、武力紛争に至らない暴力や、力の行使に至らない意見の相違、利害対立なども包摂する広義の紛争を想起することもできる。長谷川(アヒル注:長谷川公一)は「紛争は対立関係がさらに進んだ段階であり、複数の当事者が目標の両立不可能性を意識し、しかもなお相互に両立不可能な目標の達成を動機化し続けているような社会関係ないし社会過程である。」と定義している。
「紛争と開発」平成12年度国際協力事業団客員研究員報告書p.3
------ -
この定義に従えば、明らかに竹島問題はすでに紛争であるといわざるを得ないものと思われます。そして「なぜ日本は竹島を海上封鎖するなりの方法で,この問題を紛争にしないのか(ユスラさんのまとめ)」ということですが、こうした行動は基本的に「日韓基本条約」の精神にもとるものであると思われます。
そもそも「紛争の解決に関する交換公文」は武力衝突にいたることを避けるための平和と安定の精神を背景にしたものであるとすれば、武力などを伴う強硬手段ではじめて「紛争」が発生するという見方は本末顛倒とも言えるかもしれません。
武力の伴わない両立不可能な理解による紛争はもとより自国の主張を正しいとする立場はあたりまえのものです。自国の見方が正しいから相手の主張は容認できず、遺憾である、紛争も発生していない、したがって一切対応する必要は無いという韓国の考え方こそ、やはり問題だといわなければなりません。
そして、小泉首相などに対して「妄言」としか言葉を知らない韓国のマスコミは、それこそ自らが「妄言」に過ぎないといわなければならないでしょう。本来であればそれぞれの主張をできる限りにおいて客観的に示し、その上で外交的なテーブルに自国政府を促すのがマスコミの本来の姿ではないでしょうか。(まぁ、日本のマスコミも問題がありますが)
これは メッセージ 3192 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/3206.html