>問答Q48
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2004/01/18 23:45 投稿番号: [3155 / 18519]
>李奎遠一行は、この過程で鬱陵島のすぐ近くにある岩島の竹嶼島(または通称、竹島)を探しだし観察したが、鬱陵島から 49カイリも離れた于山島(獨島)は鬱陵島滞在者から存在するという話だけを聞き、現地調査は風浪を恐れ実行しなかった。
①于山島・松竹島について現地の人々が近傍の小島を当てている。②しかし、その根拠となるものがない。③晴れ渡る日、山の上に上ってみたが海の向こうに石のかけら一つ見えなかったという記述はありますが、この引用説明に合致する表現はありません。
>李奎遠一行は出発当初から風浪を恐れ、鬱陵島に到着後はいつも明け方に風浪を鎮める山神祭を行っていた。しかし、李奎遠は古代の于山国の基盤が鬱陵島・竹嶼島・于山島(獨島)の三島で構成されていたと確信し認識を強固にして戻った。
風浪に怯えて毎日お祈りしていたのは確かに出ていますが、「古代の于山国の基盤が鬱陵島・竹嶼島・于山島(獨島)の三島で構成されていたと確信し認識を強固にして」というのは何のことですか。
これは メッセージ 3137 (hangetsujoh さん)への返信です.
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