その見解少々異議あり
投稿者: kiasirikugame 投稿日時: 2003/09/16 00:26 投稿番号: [2562 / 18519]
1.1690年代の鬱陵島論戦を行った事自体が、竹島を日本の領土と双方が認定してのものであったはず。また渡海禁止については小笠原、沖縄、また佐渡でさえ一般人の渡海を禁じていた事を考えると、それを以って他国領と認定するというのはおかしい。
2.明治政府が再三にわたって調整領有を認定した、というのは詭弁である。内部調査にて朝鮮側の不当な領有を発見したに過ぎず、維新間もない政府にとって自国領土が他国により領有を主張されかねぬ状況に、いささか重い外交問題になりえると認識した文書と理解するのが自然。
3.
韓国側が再三引用する「古文献」というものもいささか眉唾である。たしかに15〜16世紀の文献に于山島または三峰島という名が出てくるが、これらが竹島であるという積極的な根拠は無い。むしろ、この文献こそが、それらが竹島でないことを示している。
4.
1905年(明治38年)に閣議決定と島根県告示によって近代国家として竹島領有を再確認したものだが、これを韓国が「一地方官庁によって隠密裏に行われた」という根拠は無い。この告示は新聞報道もされており、近代国家の行政区分に組み入れた事を対外的に宣言している。何を以って隠密裏なのか。
5.
1779年、刊行日本地図として最も代表的な長久保赤水の「改正日本輿地路程全図」には位置関係正しく日本領としての竹島が記載されている。都合の良い文献を拾い読みするのは、よろしくない。
これは メッセージ 2560 (hangetsujoh さん)への返信です.
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