〉〉遅くなりました
投稿者: nochonggakk 投稿日時: 2003/06/04 08:52 投稿番号: [1981 / 18519]
〉シーボルトの提言資料、韓国への正式な回答資料等によって、米国はハッキリと竹島日本領土を明確にして
います。
そんなことは問題にしていません。米国は一貫して竹島が日本領であることを主張していますし、それに対する異論はありません。
〉英国は、竹島韓国領土を明確にうたった記録、或いは韓国領土であるという資料を持っているのでしょうか。線引き案がそうだというのは通りません。その根拠はあったのかと言うことです。
現在の議論の根拠は塚本孝「平和条約と竹島(再論)」に掲載された史料だけです。そこに出された史料以上のものを見ていません。
塚本は竹島を日本領から除外した英国草案を引用したのち「この“英国草案”が何故竹島を除外していたのかは明らかではないが」としています。したがって、この草案以外に、文章化されたもので英国が竹島を日本領ではないと記したものは見つかっていないということです。
明確な記載のある史料が見つからないときに、一次史料のなかで竹島が日本領から除外されたことが明確に読みとれる史料(=1951.4英国草案)をもって、英国は竹島を日本領から除外していたと述べることは歴史学をやっていく上で常識的なことがらです。それを「線引き案がそうだというのは通りません」と一方的に断定する方が史料の読み方として非常識な態度です。
ある歴史事象を学問的に解明してゆく際に、その事象にかかわる文献史料が逐一遺されていることは稀です。そうした条件下で、その歴史事象をなるべく具体的によみがえらせるのが歴史学の難しいところであり、醍醐味です。
あなたのおっしゃるように、英国が竹島の帰属をどのように考えていたかが明示された文献史料が残っており、発見されれば簡単に解決されるのでしょうが、ことはさほど簡単ではないのです。そうしたときに、現在目にすることの出来る史料の範囲で、客観的に史料分析を進めたときに、そのような解釈が可能なのか否か、ということなのです。
何度も繰り返しますが、今現在の議論の根拠は塚本孝が提示した史料の範囲内です。まことに隔靴掻痒の感があります。
が、くだんの塚本孝ですら、英国が竹島を日本領と認知したとする文献を出しえていません。1951.5英米協議ののちに講和条約の文案において英国草案方式(線引き方式)を取り下げたところから推測しているに過ぎません。
います。
そんなことは問題にしていません。米国は一貫して竹島が日本領であることを主張していますし、それに対する異論はありません。
〉英国は、竹島韓国領土を明確にうたった記録、或いは韓国領土であるという資料を持っているのでしょうか。線引き案がそうだというのは通りません。その根拠はあったのかと言うことです。
現在の議論の根拠は塚本孝「平和条約と竹島(再論)」に掲載された史料だけです。そこに出された史料以上のものを見ていません。
塚本は竹島を日本領から除外した英国草案を引用したのち「この“英国草案”が何故竹島を除外していたのかは明らかではないが」としています。したがって、この草案以外に、文章化されたもので英国が竹島を日本領ではないと記したものは見つかっていないということです。
明確な記載のある史料が見つからないときに、一次史料のなかで竹島が日本領から除外されたことが明確に読みとれる史料(=1951.4英国草案)をもって、英国は竹島を日本領から除外していたと述べることは歴史学をやっていく上で常識的なことがらです。それを「線引き案がそうだというのは通りません」と一方的に断定する方が史料の読み方として非常識な態度です。
ある歴史事象を学問的に解明してゆく際に、その事象にかかわる文献史料が逐一遺されていることは稀です。そうした条件下で、その歴史事象をなるべく具体的によみがえらせるのが歴史学の難しいところであり、醍醐味です。
あなたのおっしゃるように、英国が竹島の帰属をどのように考えていたかが明示された文献史料が残っており、発見されれば簡単に解決されるのでしょうが、ことはさほど簡単ではないのです。そうしたときに、現在目にすることの出来る史料の範囲で、客観的に史料分析を進めたときに、そのような解釈が可能なのか否か、ということなのです。
何度も繰り返しますが、今現在の議論の根拠は塚本孝が提示した史料の範囲内です。まことに隔靴掻痒の感があります。
が、くだんの塚本孝ですら、英国が竹島を日本領と認知したとする文献を出しえていません。1951.5英米協議ののちに講和条約の文案において英国草案方式(線引き方式)を取り下げたところから推測しているに過ぎません。
これは メッセージ 1977 (sakurazaka3000 さん)への返信です.
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