竹島

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Re: 太政官訂正

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/10/09 11:11 投稿番号: [18472 / 18519]
川上健三氏の資料をもとにアラレさんが主張した12の地図のうち、木村文造「銅板朝鮮国全図」(1882)をアルゴノート=竹島、ダジュレー=松島の位置で記されていると書きましたが、ちらっと検索してみると、ほかにも中島彭「日本與地全図」(1872)、鈴木敬作「朝鮮全図」(1882)、森琴石「大日本海陸全図」(1886)も同じくアルゴノートの位置で竹島を、ダジュレーの位置で松島を描いていますね。

残りのうち、1894年の山陰新聞の記事は単なる記事であり、1878年の「日本地誌提要」は位置認識を何ら正確に示すものでもなく、これらは何ら伝統的な竹島・松島の位置をダジュレー、リアンクール岩に比定できる根拠を示すことができるものではありません。

最後に残るのは、1869年「大日本海陸全図」1894年「日清韓三国與地全図」、1900年「日清韓三国大地図」ですが、これは未確認。

古いところでは、1811年「日本国図」、1864年「大日本海陸全図」がありますが、長久保系列でしょう。リアンクール岩のあたりに松島を記しているというところでは、伝統的な認識が地図にそれなりにうまく反映された例とも言えるかもしれません。

伝統的な松島と竹島を反映した地図(長久保系であろうとなんであろうとリアンクール岩のあたりに)というのは、アラレさんは12をあげて論じられていますが、未見の三つを除き、せいぜい、上の二つぐらいではないでしょうか。

いずれにしても、近代的な認識からリアンクール岩=松島の認識を明示した地図は、何もないというのが現実でしょう。

以下のページはなかなか面白いです。ご存知でしょうが。大まかな流れが把握できますね。
http://sites.google.com/site/takeshimaliancourt/Home/japan-map-take-matsu

あと、18467で

>私が申し上げている伝統的竹島・松島理解は文字通り日本で脈々と理解されてきた島そのもので、そこに正確な位置的認識は付与していません。位置的認識を付与するとすれば、江戸中期以降の認識、「見高麗〜」の系列、そして長久保赤水の地図などの系譜におかれることでしょう。

と書きましたが、そもそも長久保の地図は「見高麗〜」のものですので、系列を分けることはできないでしょう。訂正しておきます。うっかりミスです。
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