Re: 『大日本府縣分轄圖』について
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2010/07/18 22:05 投稿番号: [18319 / 18519]
ararenotomo1様
多忙につき、返事が遅れました。いずれにしても、私にはさほどの説得力は感じられませんでした。また、どうも議論がかみ合わない印象です。
>もしかするとahirutousagi2様は、1867年の勝海舟「大日本国沿海略図」(アルゴノート・ダジュレーが竹島・松島)や1875年の陸軍参謀局「朝鮮全図」(鬱陵島が二つに分かれて竹島・松島)などの翻訳図を、「基準」と考えられているのではないでしょうか。
何か勘違いされていらっしゃるようです。島根県提出の文書が重要であることは言をまちません。一方で、当時の太政官がその竹島・松島をどの島に比定していたかは別途、総合的に考えるべき問題です。つまり、私は太政官が松島=リアンクール岩と考えた根拠をお尋ねしているに過ぎません。
現代の目から見てそれはリアンクール岩である、という返答には私は関心がありません。例えば、半月城さんの主張はまさにそれに一貫しています。私はそれは何の意味もない話だと思います。当たり前のことだからです。外一島の問題は太政官がどの島を比定して、松島・竹島を理解したかにあると考えます。現代から見てどうだというのはどうでもいいのです。
>それ故、「政府から出ていた資料がことごとく竹島=アルゴノート、松島=ダジュレーであった」とは決して言えないと思います。鬱陵島をダジュレー=松島とした陸海軍の地図も、アルゴノート=竹島は点線で示していることにもっと注目すべきでしょう。
外務省の田辺、渡辺らの甲論乙駁は、私は基本的に傍論であると思っています。要するに、そういう見方も外務省であったということに過ぎないということです。一方、政府関係部署から出ていた地図は、ことごとく竹島=アルゴノート、松島=ダジュレーです。ほかにありますでしょうか。
たとえ、それが点線で描かれていようと朝鮮の図に含まれていようと関係はありません。竹島=アルゴノート、松島=ダジュレーという認識があったということ、それこそが外一島の判断に影響をおよぼすものと思われます。その外的(位置的)理解と、島そのものの理解(島根の資料)が合わさって外一島の判断がなされたものと考える次第です。
>勿論、他の資料も参考にしたことは否定しませんが、もし竹島を点線で示した翻訳図を「基準」とするならば、烏有のアルゴノートの位置に竹島を描くのは明らかに矛盾します。
当然ながら、当時のほかの資料も参考にしたことは想像に難くありません。それを考えてくださることは評価します。たとえば、半月城さんはそれをも否定していますが、それはまさに暴論としか言いようがないと私は思っていますので。ただ、点線の図を「基準」にするなどとは、私は今まで一言も申し上げていません。
この問題の理解は、全体的な流れを見るべきであり、その流れの中で整合性がとれる理解をすべきだと繰り返し書いてきました。その整合性は太政官が竹島=アルゴノート、松島=ダジュレーと判断したということでしか、成り立たないといっても過言ではないと思います。
逆に聞きましょうか。太政官が竹島をリアンクール岩に比定したとする根拠は何ですか?外務省の甲論乙駁が太政官の判断にどういう形で影響を及ぼしたのか、根拠をお持ちでしょうか。私はそんなものはないと思いますが。
また、塚本明毅の件ですが、正直、何を仰りたいのか、意味がよく分かりませんでした。読解力がなくて申し訳ありませんが、私の疑問には何の返答にもなっていなかったように感じます。
私は「1881年の内務省地理局「大日本府県分轄図」をどのように理解されるのでしょうか。アルゴノート・ダジュレーが竹島・松島となっていますが、これは内務省地理局の歪曲ということで理解すればよろしいのでしょうか。本当はリアンクール岩を放棄していたのに、気(政策)が変わったので、方向転換したというご意見でしょうか」と書きました。
お返事は、私なりに読み取ったところでは、「その通りで、塚本明毅が歪曲した。外一島の判断に抗議する形であった。ただし、日本政府がリアンクール岩を放棄したということは変わらない」というお話のようですが、あまり妥当性があるような話に見せません。ほかの資料と比べてどうでしょう。たとえば、1883年の三条実美の記述も、お話とは相反するものとなります。
私は、日本政府はリアンクール岩を「無主地」と考えていただけの話だと結論付けています。外一島の判断においてリアンクール岩を放棄した(太政官が正確にリアンクール岩と判断して)という根拠は、私の知る限り、ありません。あれば教えていただければ幸いです。島根の資料で、太政官がリアンクール岩に比定したと結論づけることは、不可能であるとすべきでしょう。付属地図までも含めてです。
多忙につき、返事が遅れました。いずれにしても、私にはさほどの説得力は感じられませんでした。また、どうも議論がかみ合わない印象です。
>もしかするとahirutousagi2様は、1867年の勝海舟「大日本国沿海略図」(アルゴノート・ダジュレーが竹島・松島)や1875年の陸軍参謀局「朝鮮全図」(鬱陵島が二つに分かれて竹島・松島)などの翻訳図を、「基準」と考えられているのではないでしょうか。
何か勘違いされていらっしゃるようです。島根県提出の文書が重要であることは言をまちません。一方で、当時の太政官がその竹島・松島をどの島に比定していたかは別途、総合的に考えるべき問題です。つまり、私は太政官が松島=リアンクール岩と考えた根拠をお尋ねしているに過ぎません。
現代の目から見てそれはリアンクール岩である、という返答には私は関心がありません。例えば、半月城さんの主張はまさにそれに一貫しています。私はそれは何の意味もない話だと思います。当たり前のことだからです。外一島の問題は太政官がどの島を比定して、松島・竹島を理解したかにあると考えます。現代から見てどうだというのはどうでもいいのです。
>それ故、「政府から出ていた資料がことごとく竹島=アルゴノート、松島=ダジュレーであった」とは決して言えないと思います。鬱陵島をダジュレー=松島とした陸海軍の地図も、アルゴノート=竹島は点線で示していることにもっと注目すべきでしょう。
外務省の田辺、渡辺らの甲論乙駁は、私は基本的に傍論であると思っています。要するに、そういう見方も外務省であったということに過ぎないということです。一方、政府関係部署から出ていた地図は、ことごとく竹島=アルゴノート、松島=ダジュレーです。ほかにありますでしょうか。
たとえ、それが点線で描かれていようと朝鮮の図に含まれていようと関係はありません。竹島=アルゴノート、松島=ダジュレーという認識があったということ、それこそが外一島の判断に影響をおよぼすものと思われます。その外的(位置的)理解と、島そのものの理解(島根の資料)が合わさって外一島の判断がなされたものと考える次第です。
>勿論、他の資料も参考にしたことは否定しませんが、もし竹島を点線で示した翻訳図を「基準」とするならば、烏有のアルゴノートの位置に竹島を描くのは明らかに矛盾します。
当然ながら、当時のほかの資料も参考にしたことは想像に難くありません。それを考えてくださることは評価します。たとえば、半月城さんはそれをも否定していますが、それはまさに暴論としか言いようがないと私は思っていますので。ただ、点線の図を「基準」にするなどとは、私は今まで一言も申し上げていません。
この問題の理解は、全体的な流れを見るべきであり、その流れの中で整合性がとれる理解をすべきだと繰り返し書いてきました。その整合性は太政官が竹島=アルゴノート、松島=ダジュレーと判断したということでしか、成り立たないといっても過言ではないと思います。
逆に聞きましょうか。太政官が竹島をリアンクール岩に比定したとする根拠は何ですか?外務省の甲論乙駁が太政官の判断にどういう形で影響を及ぼしたのか、根拠をお持ちでしょうか。私はそんなものはないと思いますが。
また、塚本明毅の件ですが、正直、何を仰りたいのか、意味がよく分かりませんでした。読解力がなくて申し訳ありませんが、私の疑問には何の返答にもなっていなかったように感じます。
私は「1881年の内務省地理局「大日本府県分轄図」をどのように理解されるのでしょうか。アルゴノート・ダジュレーが竹島・松島となっていますが、これは内務省地理局の歪曲ということで理解すればよろしいのでしょうか。本当はリアンクール岩を放棄していたのに、気(政策)が変わったので、方向転換したというご意見でしょうか」と書きました。
お返事は、私なりに読み取ったところでは、「その通りで、塚本明毅が歪曲した。外一島の判断に抗議する形であった。ただし、日本政府がリアンクール岩を放棄したということは変わらない」というお話のようですが、あまり妥当性があるような話に見せません。ほかの資料と比べてどうでしょう。たとえば、1883年の三条実美の記述も、お話とは相反するものとなります。
私は、日本政府はリアンクール岩を「無主地」と考えていただけの話だと結論付けています。外一島の判断においてリアンクール岩を放棄した(太政官が正確にリアンクール岩と判断して)という根拠は、私の知る限り、ありません。あれば教えていただければ幸いです。島根の資料で、太政官がリアンクール岩に比定したと結論づけることは、不可能であるとすべきでしょう。付属地図までも含めてです。
これは メッセージ 18250 (ararenotomo1 さん)への返信です.
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