な。何が起こった(W
投稿者: except_chon 投稿日時: 2009/11/09 17:42 投稿番号: [17591 / 18519]
■東側の海は東海、西側の海は西海
〜 韓国の東海は日本の西海
「世界」の「世」は「十」を3つ合わせたもので過去・現在・未来を意味し、「界」は「田」の下に「介」が付いたもので天地と東西南北を意味する。 この地球上に生きる60億人の過去・現在・未来がそれぞれであり、天地と東西南北もまた自らの位置により決まるということを否認できないならば、この地球上には60億個の世界が存在し、そのそれぞれの世界の中心は「わたし」だという事実もまた否認できない。
人間が自己中心的にならざるをえない根源的理由もこれと無関係でないと見て間違いない。「わたし」が西側に立っていれば「あなた」は東側に立っているわけだが、また別の「かれ」が「わたし」と「あなた」よりも東側に立っていれば、「かれ」の立場で見れば「わたし」と「あなた」は2人とも西側に立っているに過ぎない。そのうえ自転する地球の外の宇宙から見れば、「わたし」も「あなた」も「かれ」も全く同じ緯度線上に立っているだけで、東西の区分は何の意味も持たない。
自己中心的な人間は誰でも本能的に自らの世界に他人を引き込もうと努める。その昔、中国人は自ら中華を自任して東側辺境の蛮夷を東夷、西側の蛮夷を西戎、南側の蛮夷を南蛮、北側の蛮夷を北狄と呼んだが、ヨーロッパ人は地中海と大西洋沿岸を中心にした世界地図を描いてアメリカとアジア大陸を辺境と感じていた。中国と日本と韓国が「東北アジア」と呼ばれることになったのもそのためだ。人類の起源に対してもキリスト教を信じる人々はアダムとイブの子孫だと主張する一方、ダーウィンの進化論を信奉する人々は猿が進化したものに過ぎないと主張する。人間世界で大小の争いが絶えないのも、全部自らの世界に他人を引き込もうと我を張るためだということを、誰か否定できるだろうか。
大韓民国中心の考え方を批判すれば売国奴ないしは反民族主義者と後ろ指を差されるだろうが、言うべきことは言わなければならない。ニューヨークタイムズ紙とウォールストリートジャーナル紙、ワシントンポスト紙に「『日本海』ではなく『東海』表記が正しい」という広告を出した徐敬徳(ソ・ギョンドク)誠信女子大学客員教授と歌手の金ジャンフンも、自己中心で我を張っているとしか見えない。
徐教授は先日も、「ウォールストリートジャーナル紙が最近、地図と記事の中で『東海』を『日本海』と併記して多くの勇気を得たが、『日本海』単独表記が多いため、『東海』表記の正当性と根拠を紹介する英文資料をNYタイムズ、AP通信、CNN、BBC、ル・モンドなど各国の通信・放送・新聞社の編集局長500人余りに送った」と自慢げに発表したが、好むと好まざるとにかかわらず「日本海」は19世紀以来西洋人らが認めてきた固有名詞であるのに対して「東海」は、米国で大西洋沿岸を「東海岸(EastCoast)」、太平洋沿岸を「西海岸(West Coast)」と呼ぶのと同じく韓半島を基準とした普通名詞に過ぎない、という常識を見過ごしている点に、同族としての遺憾と共に常識人としての失笑を禁じえない。自己中心的な愛国心と民族精神で海水の上に名前を刻もうと飛びかかっているかのようだ。
東側の海は東海で西側の海は西海。黄河の黄色い水によって黄金色を帯びるため「黄海」と呼ばれる韓半島西側の海は、中国から見れば東海であり、韓国の東側の海の場合も日本から見れば西海。にもかかわらず韓半島中心の見解だけを前に出し、中国人が黄海を「西海」と呼んでくれることを願い日本人に「日本海」を「東海」と呼べと強要するのか? いっそ「韓国海」と言い張るほうが良いのではないか。若者たちの愛国心と民族精神は感心なことこの上ないが、それが行き過ぎて「井の中の蛙」の思考だと後ろ指を差されはすまいかと心配になる。
真の国際化を企てて韓半島という井戸の中から抜け出そうとするなら、自己中心的思考から打破することを望む。本当に悔しいなら、他民族・他国が頭を下げるだけの力を育てるのが先ではないか! そんな力も無いのに自分の立場ばかり前に出せば嘲笑を受けるだけだ。
〜 韓国の東海は日本の西海
「世界」の「世」は「十」を3つ合わせたもので過去・現在・未来を意味し、「界」は「田」の下に「介」が付いたもので天地と東西南北を意味する。 この地球上に生きる60億人の過去・現在・未来がそれぞれであり、天地と東西南北もまた自らの位置により決まるということを否認できないならば、この地球上には60億個の世界が存在し、そのそれぞれの世界の中心は「わたし」だという事実もまた否認できない。
人間が自己中心的にならざるをえない根源的理由もこれと無関係でないと見て間違いない。「わたし」が西側に立っていれば「あなた」は東側に立っているわけだが、また別の「かれ」が「わたし」と「あなた」よりも東側に立っていれば、「かれ」の立場で見れば「わたし」と「あなた」は2人とも西側に立っているに過ぎない。そのうえ自転する地球の外の宇宙から見れば、「わたし」も「あなた」も「かれ」も全く同じ緯度線上に立っているだけで、東西の区分は何の意味も持たない。
自己中心的な人間は誰でも本能的に自らの世界に他人を引き込もうと努める。その昔、中国人は自ら中華を自任して東側辺境の蛮夷を東夷、西側の蛮夷を西戎、南側の蛮夷を南蛮、北側の蛮夷を北狄と呼んだが、ヨーロッパ人は地中海と大西洋沿岸を中心にした世界地図を描いてアメリカとアジア大陸を辺境と感じていた。中国と日本と韓国が「東北アジア」と呼ばれることになったのもそのためだ。人類の起源に対してもキリスト教を信じる人々はアダムとイブの子孫だと主張する一方、ダーウィンの進化論を信奉する人々は猿が進化したものに過ぎないと主張する。人間世界で大小の争いが絶えないのも、全部自らの世界に他人を引き込もうと我を張るためだということを、誰か否定できるだろうか。
大韓民国中心の考え方を批判すれば売国奴ないしは反民族主義者と後ろ指を差されるだろうが、言うべきことは言わなければならない。ニューヨークタイムズ紙とウォールストリートジャーナル紙、ワシントンポスト紙に「『日本海』ではなく『東海』表記が正しい」という広告を出した徐敬徳(ソ・ギョンドク)誠信女子大学客員教授と歌手の金ジャンフンも、自己中心で我を張っているとしか見えない。
徐教授は先日も、「ウォールストリートジャーナル紙が最近、地図と記事の中で『東海』を『日本海』と併記して多くの勇気を得たが、『日本海』単独表記が多いため、『東海』表記の正当性と根拠を紹介する英文資料をNYタイムズ、AP通信、CNN、BBC、ル・モンドなど各国の通信・放送・新聞社の編集局長500人余りに送った」と自慢げに発表したが、好むと好まざるとにかかわらず「日本海」は19世紀以来西洋人らが認めてきた固有名詞であるのに対して「東海」は、米国で大西洋沿岸を「東海岸(EastCoast)」、太平洋沿岸を「西海岸(West Coast)」と呼ぶのと同じく韓半島を基準とした普通名詞に過ぎない、という常識を見過ごしている点に、同族としての遺憾と共に常識人としての失笑を禁じえない。自己中心的な愛国心と民族精神で海水の上に名前を刻もうと飛びかかっているかのようだ。
東側の海は東海で西側の海は西海。黄河の黄色い水によって黄金色を帯びるため「黄海」と呼ばれる韓半島西側の海は、中国から見れば東海であり、韓国の東側の海の場合も日本から見れば西海。にもかかわらず韓半島中心の見解だけを前に出し、中国人が黄海を「西海」と呼んでくれることを願い日本人に「日本海」を「東海」と呼べと強要するのか? いっそ「韓国海」と言い張るほうが良いのではないか。若者たちの愛国心と民族精神は感心なことこの上ないが、それが行き過ぎて「井の中の蛙」の思考だと後ろ指を差されはすまいかと心配になる。
真の国際化を企てて韓半島という井戸の中から抜け出そうとするなら、自己中心的思考から打破することを望む。本当に悔しいなら、他民族・他国が頭を下げるだけの力を育てるのが先ではないか! そんな力も無いのに自分の立場ばかり前に出せば嘲笑を受けるだけだ。
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