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Re:八右衛門はなぜ処刑されたのか?

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2009/02/11 22:49 投稿番号: [17307 / 18519]
日本漁夫八右衛門はなぜ処刑されたのか
KBS「歴史追跡」独島問題探訪   <予告編>
http://www.kbs.co.kr/1tv/sisa/tracehistory/vod/preview/index.html

  19世紀日本、江戸幕府、朝鮮の島鬱陵島に渡海した漁夫八右衛門が処刑される。ところが、近代に至って頌徳碑が立てられ、八右衛門は英雄に推戴される。彼は島根県で独島実効支配の根拠に立てられ、右翼人士によって仰ぎ敬われる。幕府の鎖国政策にもかかわらず海外に目を向けた八右衛門は、海外開拓時代の明治時代が来ると英雄として推戴されて来たのだ。現在では、独島を学ぶ講座の主人公であると同時に浜田開港 100周年市民創作劇の主人公である八右衛門。彼はなぜ幕府によって処刑されたのか?


  「外国に渡海して木を伐採して帰って来た経緯は、国家に対して重い罪を犯したので死刑に処する」(幕府の判決文)

  八右衛門は浜田領主に鬱陵島、独島に対する渡海許可を申請したが許可が出ない。八右衛門と浜田家の家臣は策を練った。鬱陵島渡海を敢行した八右衛門は、木材などを切って大阪で売ったが、結局、監察の幕府取調官に分かり死刑にされてしまう。

  「このたび八右衛門が鬱陵島に渡海した件で厳罰に処された。外国への渡海は厳に禁じたところ。今後、渡海してはいけない。」(海岸警告文)

  幕府の判決直後、浜田港を含めた主要海岸に厳重な警告文が出される。


  八右衛門の判決文にある地図。それは八右衛門が鬱陵島へ渡海した時、自ら描いた地図で、韓半島と鬱陵島、独島は赤い色で、隠岐島と日本列島は白色に書き分けられている。すなわち、鬱陵島と独島は同じ色で朝鮮領だった。これは当時の日本人たちの領土意識を見せてくれる重要な資料だ。地図で色が確実に仕分けされる。当時の日本人たちにとって、独島は渡海すれば死刑にされる禁断の地だったのだ。


  日本は 150ページが墨塗りされた韓日協定文書を公開した。在日韓国人イ・ヤンスさんは日本被害補償問題が協議された 6万余ページの文書の中で「独島は日本の領土ではない」と明文で規定された法令を捜し出したが、日本が 51年 6月6日公布した「総理府令 24号」と同年 2月13日公布した「大蔵省令4号」がまさにその法令だ。

  「総理府令 24号」は朝鮮総督府交通局共済組合が所有した日本財産を整理するために制定した上位法(政令)を施行するために詳細事項を決めたもので、日本の「付属島嶼」から鬱陵島と独島、済州島を除いた。「大蔵省令4号」は「旧令による共済組合などで年金を受ける者のための特別措置法第 4条第 3項の規定に基礎した付属島嶼を決める命令」で、やはり鬱陵島と独島、済州島を付属島嶼から除いた。


大政官指令文
「竹島外1島の件は我が国(日本)と関係ない」   大政官文書に添付された地図である「磯竹島略図」では「外1島」がまさに独島であることを教えてくれる。


  一方、江戸幕府は安竜福事件によって朝鮮と交渉し事実関係に明るい鳥取藩との論議があった。「鬱陵島の外に鳥取藩に附属する島があるか」、鳥取藩は「鬱陵島、独島はもちろんその他に附属する島はない」と回答。当時の日本の西北地域に関する境界認識を表明した。


  幕府から明治国家、公文書級の記録は独島を朝鮮と認めて来た。安竜福の覚書きと八右衛門のこんな史料などを見る時、鬱陵島内一島、すなわち独島が鬱陵島に含まれる島だという話が史料ごとに出て来る。歴史追跡は八右衛門をきっかけとして19世紀以降の日本の独島に関する歴史認識を取材して見る。

(引用終わり)


「韓半島と鬱陵島、独島は赤い色」で描いてあるという地図。
http://img.kbs.co.kr/cms/ICSFiles/artimage/2009/02/09/c_1ts_trace1/07.jpg


  番組ではこの地図を「八右衛門が鬱陵島へ渡海した時、自ら描いた地図」と言っているが、この着色された地図が掲載された資料はどういう資料なんでしょうかね?
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