re7)駐日アメリカ大使館 1952-10-03
投稿者: take_8591 投稿日時: 2008/05/11 15:38 投稿番号: [16547 / 18519]
駐日アメリカ大使館から国務省へ出された1952年10月3日付の書簡は、つぎの様に述べられています。
---- -半月城さん ---- -[ No.16526 ] ------------ -
国務省はリアンコールト岩の歴史をすでに数回も検討したことがあるが、それをここで詳述する必要はない。その岩はアザラシの繁殖地であり、ある時期、朝鮮王朝の一部であった。その岩は、日本がその帝国を朝鮮に拡張した時、もちろん朝鮮の残りの領土とともに併合された。
しかしながら日本政府は、帝国支配の過程においてこの領域を日本の本土に編入し、ある県の行政下においた。そのため、日本が平和条約の第二章で「済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権」を放棄することに同意した時、条約の起草者はこの岩を放棄すべき領域に含めなかった。
日本は、リアンコールト岩に対する日本の領有権は理由のあることとしている。それに韓国が異議を唱えているのは明白な根拠にもとづくものである(注7)。
------------------------------------------ -
この文章は、「ある県の行政下においた」→「そのため」→「条約の起草者はこの岩を放棄すべき領域に含めなかった」と読むのが普通です。即ち、「ある県の行政下においた」ので竹島は日本領として残ったのです。
この続きを紹介します。
-------------------------------------- (注7) ----
リアンクール岩は・・・日米安全保障協定に基づく合同委員会・・・施設として指定されることが合意された。
その岩は爆撃目標になっており、危険区域として宣言され、週7日、24時間のベースで立入禁止区域として知られている。・・・
それにも関わらず、釜山の米海軍司令官は、リアンクール岩の危険性を全く知らず、韓国海軍参謀長からリアンクール岩へ科学隊を派遣したいとの申出を受け、許可を与えた。・・・
科学隊は、その島へ到着し・・・帰る時・・・周辺で貝を採取していた漁夫が米軍機に爆撃された。・・・
・・・当館は、極東海軍司令官を通じて・・・こうした許可を今後は出さないようにアドバイスするよう申し入れた。爆撃事件が起きたのはこの申入後であった。
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ここまで、読み進むと、駐日アメリカ大使館が竹島を日本領と認めていたことがはっきりします。韓国に竹島が危険区域であることを知らせる必要がなかったと解釈しているのですから、竹島が韓国領であることは微塵もありません。
すると、「講和条約に竹島=独島はなぜ記述されなかったのか長い間ナゾだった(No.16526)」という意見に根拠がないことが判ります。
また、「竹島=独島が『朝鮮王朝の一部であった』という史実と、『帝国支配の過程でこの領域を日本の本土に編入』したという覇権行為とのはざまで、アメリカは日韓どちらの言い分も根拠があると考えて結論をだすのを避けたのでした。(No.16526)」という意見も、サンフランシスコ講和条約の解釈としては間違いです。リショウバン・ラインの暴挙から逃げたのでしょう。
(注7)朴炳渉「アメリカ大使館の秘密書簡」『竹島=独島論争』新幹社、2007,P328
---- -半月城さん ---- -[ No.16526 ] ------------ -
国務省はリアンコールト岩の歴史をすでに数回も検討したことがあるが、それをここで詳述する必要はない。その岩はアザラシの繁殖地であり、ある時期、朝鮮王朝の一部であった。その岩は、日本がその帝国を朝鮮に拡張した時、もちろん朝鮮の残りの領土とともに併合された。
しかしながら日本政府は、帝国支配の過程においてこの領域を日本の本土に編入し、ある県の行政下においた。そのため、日本が平和条約の第二章で「済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権」を放棄することに同意した時、条約の起草者はこの岩を放棄すべき領域に含めなかった。
日本は、リアンコールト岩に対する日本の領有権は理由のあることとしている。それに韓国が異議を唱えているのは明白な根拠にもとづくものである(注7)。
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この文章は、「ある県の行政下においた」→「そのため」→「条約の起草者はこの岩を放棄すべき領域に含めなかった」と読むのが普通です。即ち、「ある県の行政下においた」ので竹島は日本領として残ったのです。
この続きを紹介します。
-------------------------------------- (注7) ----
リアンクール岩は・・・日米安全保障協定に基づく合同委員会・・・施設として指定されることが合意された。
その岩は爆撃目標になっており、危険区域として宣言され、週7日、24時間のベースで立入禁止区域として知られている。・・・
それにも関わらず、釜山の米海軍司令官は、リアンクール岩の危険性を全く知らず、韓国海軍参謀長からリアンクール岩へ科学隊を派遣したいとの申出を受け、許可を与えた。・・・
科学隊は、その島へ到着し・・・帰る時・・・周辺で貝を採取していた漁夫が米軍機に爆撃された。・・・
・・・当館は、極東海軍司令官を通じて・・・こうした許可を今後は出さないようにアドバイスするよう申し入れた。爆撃事件が起きたのはこの申入後であった。
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ここまで、読み進むと、駐日アメリカ大使館が竹島を日本領と認めていたことがはっきりします。韓国に竹島が危険区域であることを知らせる必要がなかったと解釈しているのですから、竹島が韓国領であることは微塵もありません。
すると、「講和条約に竹島=独島はなぜ記述されなかったのか長い間ナゾだった(No.16526)」という意見に根拠がないことが判ります。
また、「竹島=独島が『朝鮮王朝の一部であった』という史実と、『帝国支配の過程でこの領域を日本の本土に編入』したという覇権行為とのはざまで、アメリカは日韓どちらの言い分も根拠があると考えて結論をだすのを避けたのでした。(No.16526)」という意見も、サンフランシスコ講和条約の解釈としては間違いです。リショウバン・ラインの暴挙から逃げたのでしょう。
(注7)朴炳渉「アメリカ大使館の秘密書簡」『竹島=独島論争』新幹社、2007,P328
これは メッセージ 16429 (take_8591 さん)への返信です.
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