外務省パンフ批判7、講和条約(1)
投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2008/05/05 11:17 投稿番号: [16523 / 18519]
7.サンフランシスコ講和(平和)条約
パンフレットは、講和条約の成立過程で竹島=独島が一貫して日本領として扱われたかのように記述していますが、これは資料を恣意的に取捨選択した結果に他なりません。外務省は真実を正しく伝えようとする意思はまったくないようです。
実際は、当時のアメリカは竹島=独島に対する方針が何度も大きく揺れ動き、講和条約案もかなり迷走しました。それを具体的にみることにします。
外務省曰「7.サンフランシスコ平和条約起草過程で、韓国は、日本が放棄すべき領土に竹島を含めるよう要請しましたが、米国は竹島が日本の管轄下にあるとして拒否しました」
「これらのやり取りを踏まえれば、竹島は我が国の領土であるということが肯定されていることは明らかです」
外務省は「肯定されている」と記しましたが、この趣旨は講和条約で「竹島は我が国の領土」であると各国から承認されたと言いたいのでしょうか? もし、そうでないのなら、上のように書くのは日本国内向けの単なる自己満足に過ぎません。
ちなみに50余年前の外務省は韓国政府に宛てた公式書簡でこう述べました。
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平和条約は、「日本国は朝鮮の独立を承認し」と規定しているが(第2条)、ここに規定する「朝鮮の独立を承認し」とは、日韓併合前の朝鮮が日本から独立したことを日本が認めたことをいうのであるが、竹島は既に日韓併合以前において島根県の行政管轄下にあり、また併合後も同県管轄下に置かれ、朝鮮総督府の管轄下に置かれたことはなかったので、同島が日本領土の一部であることは、議論の余地がない(注1)。
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外務省は、国内向けの発言はいざ知らず、韓国に対して講和条約で竹島=独島の日本領が承認されたなどとは主張しませんでした。逆に、韓国のほうが竹島=独島は講和条約で韓国領であることが承認されたとして、こう主張しました。
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1946年1月29日付け連合軍総司令官指令 第677号は、独島をはっきりと日本の領有権外に置いており、対日講和条約には、日本領土問題に関する限り、同指令の条項と矛盾する条項がない。講和条約は、この問題に関する連合軍総司令官の意向を、なんら実質的変化なしに確認した。・・・
対日講和条約には独島に対する韓国の正当な領有権主張に矛盾する条文はない。そして同条約第1章第2条Aにより、独島が鬱陵島の属島として鬱陵島本島とともに韓国領土として承認されたと解釈される(注1)。
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韓国政府の主張ですが、日本でも韓国でも竹島=独島は欝陵島の付属島、ないしは一対の島と考えられてきただけに、竹島=独島は欝陵島と一緒に講和条約で韓国領とされたとする主張は自然な論法です。これに対する日本政府の反論は、その論理が注目されます。
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韓国側では、平和条約により竹島が、鬱陵島の属島として鬱陵島本島とともに韓国領土として承認されたとするが、このような解釈は、平和条約の条文からは導き出すことはできない。
日韓併合以前に竹島が韓国の領土であったという法的根拠が示されない以上、平和条約第2条に関する韓国側の解釈は、成立し得ない(注1)。
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日本政府は、もし韓国が日韓併合以前に竹島=独島が韓国領であったとの法的根拠を示すことができるなら、韓国政府の講和条約に対する解釈は一理あると考えていたのでした。決して、むやみに講和条約で竹島=独島は日本領になったなどとは主張しなかったのでした。
(つづく)
パンフレットは、講和条約の成立過程で竹島=独島が一貫して日本領として扱われたかのように記述していますが、これは資料を恣意的に取捨選択した結果に他なりません。外務省は真実を正しく伝えようとする意思はまったくないようです。
実際は、当時のアメリカは竹島=独島に対する方針が何度も大きく揺れ動き、講和条約案もかなり迷走しました。それを具体的にみることにします。
外務省曰「7.サンフランシスコ平和条約起草過程で、韓国は、日本が放棄すべき領土に竹島を含めるよう要請しましたが、米国は竹島が日本の管轄下にあるとして拒否しました」
「これらのやり取りを踏まえれば、竹島は我が国の領土であるということが肯定されていることは明らかです」
外務省は「肯定されている」と記しましたが、この趣旨は講和条約で「竹島は我が国の領土」であると各国から承認されたと言いたいのでしょうか? もし、そうでないのなら、上のように書くのは日本国内向けの単なる自己満足に過ぎません。
ちなみに50余年前の外務省は韓国政府に宛てた公式書簡でこう述べました。
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平和条約は、「日本国は朝鮮の独立を承認し」と規定しているが(第2条)、ここに規定する「朝鮮の独立を承認し」とは、日韓併合前の朝鮮が日本から独立したことを日本が認めたことをいうのであるが、竹島は既に日韓併合以前において島根県の行政管轄下にあり、また併合後も同県管轄下に置かれ、朝鮮総督府の管轄下に置かれたことはなかったので、同島が日本領土の一部であることは、議論の余地がない(注1)。
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外務省は、国内向けの発言はいざ知らず、韓国に対して講和条約で竹島=独島の日本領が承認されたなどとは主張しませんでした。逆に、韓国のほうが竹島=独島は講和条約で韓国領であることが承認されたとして、こう主張しました。
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1946年1月29日付け連合軍総司令官指令 第677号は、独島をはっきりと日本の領有権外に置いており、対日講和条約には、日本領土問題に関する限り、同指令の条項と矛盾する条項がない。講和条約は、この問題に関する連合軍総司令官の意向を、なんら実質的変化なしに確認した。・・・
対日講和条約には独島に対する韓国の正当な領有権主張に矛盾する条文はない。そして同条約第1章第2条Aにより、独島が鬱陵島の属島として鬱陵島本島とともに韓国領土として承認されたと解釈される(注1)。
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韓国政府の主張ですが、日本でも韓国でも竹島=独島は欝陵島の付属島、ないしは一対の島と考えられてきただけに、竹島=独島は欝陵島と一緒に講和条約で韓国領とされたとする主張は自然な論法です。これに対する日本政府の反論は、その論理が注目されます。
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韓国側では、平和条約により竹島が、鬱陵島の属島として鬱陵島本島とともに韓国領土として承認されたとするが、このような解釈は、平和条約の条文からは導き出すことはできない。
日韓併合以前に竹島が韓国の領土であったという法的根拠が示されない以上、平和条約第2条に関する韓国側の解釈は、成立し得ない(注1)。
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日本政府は、もし韓国が日韓併合以前に竹島=独島が韓国領であったとの法的根拠を示すことができるなら、韓国政府の講和条約に対する解釈は一理あると考えていたのでした。決して、むやみに講和条約で竹島=独島は日本領になったなどとは主張しなかったのでした。
(つづく)
これは メッセージ 16502 (ban_wol_seong さん)への返信です.
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