re6b)クリッパートン島事件の判例
投稿者: take_8591 投稿日時: 2008/04/20 10:28 投稿番号: [16472 / 18519]
>↑はtake8591さんと同様の結論だと思います。
いいえ。これは、私の意見ではありません。外務省のパンフレットをコピペしただけです。
そして、自分の意見をも付け加えようとして、背伸びしているので大変困っています。
さて、ご紹介のWeb頁は、冒頭部分のみを読ませていただきました。
クリッパートン島事件の判例を引いて、独島領有の正当性を主張されているようですね。
クリッパートン島事件の事実経緯は次のようです。
1858年秋に、フランスがクリッパートン島を発見し、ホノルルの新聞にフランスの領有宣言文が掲載された。その後、フランスによる実効支配は執行されず、又、他国がフランスの領有に異議を唱えることも無かった。1897年、同島でのアメリカ国旗の掲揚についてフランスは抗議した。1897年12月13日、メキシコが派遣した軍艦の兵士が上陸した。1898年1月8日、メキシコの行為にフランスが抗議し外交問題化する。両国は1909年その帰属問題を裁判で解決することに合意した。判決は1931年に出た。
この判決は、先ず、「領有意思の公告により領有権が成立する」旨の判断をしています。これを引いて、或る韓国人は、「勅令41号で独島の領有を公告した」と主張します。しかし、公告された文字は「石島」であり、その意図を解読できる外国人は皆無でしょう。しかも、大韓帝国人が「石島=独島」と理解していた痕跡は無く、「石島=独島」説が生まれたのは1960年代と思われ、大韓民国人も1960年頃迄「石島=独島」と理解していた痕跡がありません。これで、他国人に「石島=独島」と理解せよというのは無理な話でしょう。
又、違う韓国人は、「于山島が朝鮮領であることを日本人が知っていたので、日本に限っては独島の領有権を主張できない」と主張します。しかし、「于山島=独島」であることを確認できる官撰史料はありません。ただ、朝鮮王が「漂流の愚民」と切り捨てた安龍福にかかる日本側史料に「于山島=独島」の認識が残ります。
この判決は、次に、「フランスが同島を放棄する意思をもったことはないから、成立した領有権は継続する」旨の判断をしています。これを引いて、或る韓国人は「于山島=独島又は石島=独島で成立した領有権を、韓国は放棄する意思を持ったことはない」と主張します。しかし、某日本人は「17世紀に成立した現竹島の領有権は、その後の或る時期あいまいになったが、他国により占拠された形跡が認められなかったので、1905年に領有権の継続を確認した」と主張します。
いいえ。これは、私の意見ではありません。外務省のパンフレットをコピペしただけです。
そして、自分の意見をも付け加えようとして、背伸びしているので大変困っています。
さて、ご紹介のWeb頁は、冒頭部分のみを読ませていただきました。
クリッパートン島事件の判例を引いて、独島領有の正当性を主張されているようですね。
クリッパートン島事件の事実経緯は次のようです。
1858年秋に、フランスがクリッパートン島を発見し、ホノルルの新聞にフランスの領有宣言文が掲載された。その後、フランスによる実効支配は執行されず、又、他国がフランスの領有に異議を唱えることも無かった。1897年、同島でのアメリカ国旗の掲揚についてフランスは抗議した。1897年12月13日、メキシコが派遣した軍艦の兵士が上陸した。1898年1月8日、メキシコの行為にフランスが抗議し外交問題化する。両国は1909年その帰属問題を裁判で解決することに合意した。判決は1931年に出た。
この判決は、先ず、「領有意思の公告により領有権が成立する」旨の判断をしています。これを引いて、或る韓国人は、「勅令41号で独島の領有を公告した」と主張します。しかし、公告された文字は「石島」であり、その意図を解読できる外国人は皆無でしょう。しかも、大韓帝国人が「石島=独島」と理解していた痕跡は無く、「石島=独島」説が生まれたのは1960年代と思われ、大韓民国人も1960年頃迄「石島=独島」と理解していた痕跡がありません。これで、他国人に「石島=独島」と理解せよというのは無理な話でしょう。
又、違う韓国人は、「于山島が朝鮮領であることを日本人が知っていたので、日本に限っては独島の領有権を主張できない」と主張します。しかし、「于山島=独島」であることを確認できる官撰史料はありません。ただ、朝鮮王が「漂流の愚民」と切り捨てた安龍福にかかる日本側史料に「于山島=独島」の認識が残ります。
この判決は、次に、「フランスが同島を放棄する意思をもったことはないから、成立した領有権は継続する」旨の判断をしています。これを引いて、或る韓国人は「于山島=独島又は石島=独島で成立した領有権を、韓国は放棄する意思を持ったことはない」と主張します。しかし、某日本人は「17世紀に成立した現竹島の領有権は、その後の或る時期あいまいになったが、他国により占拠された形跡が認められなかったので、1905年に領有権の継続を確認した」と主張します。
これは メッセージ 16470 (puracyaka2007 さん)への返信です.
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