外務省パンフレットへの批判4、(3)
投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2008/04/19 16:12 投稿番号: [16466 / 18519]
以下は余談です。
『竹嶋之書付』などの鳥取藩関係資料は、日韓で竹島=独島論争が盛んだった 1954年ころは鳥取県立中央図書館に「秘蔵」されていました。それを当時、島根県広報文書課の田村清三郎が特別に借用したり、外務省条約局第1課の川上健三や東洋文庫の田川孝三らが特別に閲覧したので、かれら三人はその内容を十分に把握していました。
その三人は日韓竹島=独島論争で大いに活躍した「竹島三羽ガラス」ですが、かれらは日本に不利と思われる史料の内容は決して公表しようとしませんでした。特に田村や川上は、公務員の悲しいサガとでも言うのでしょうか、目先の「利益」にとらわれ、真実を国民の前に明らかにしようという姿勢は皆無だったようでした。
その後、島根県や鳥取県はそうした情報を公開しましたが、外務省は未だに情報隠しの伝統を大事にしているようです。それを今回のパンフレットにありありと見ることができます。
外務省は限定的に公開した情報から「竹島は日本の固有領土」というキャッチフレーズを作りだしましたが、因果応報なことに、今ではそれが自縄自縛になり、竹島=独島を版図外とした太政官指令のような重要事件に関してまったく見解を示せないという苦境に陥っているようです。
かつての外務省は情報隠しにより、韓国政府とのディベートで一時的に優位に立ちましたが、歳月を経るうちに研究も進み、昔のキャッチフレーズが今や外務省のアキレス腱になってしまったようです。
ちなみに、竹島三羽ガラスの主な役割分担は次のようなものでした。
田村清三郎: 鳥取藩の古文書や、竹島=独島渡海関係など島根県関係資料調査
川上健三: 江戸幕府や明治政府関係などの資料調査、大谷家古文書の調査
田川孝三: 朝鮮史書を始めとした文献調査
田村や川上は公務員なので近視眼的な資料隠しは予想できるのですが、学者肌の田川までもが田川や田村と同様の資料隠しをおこなったようです。その一端はすでに書いたように、彼の于山島認識に見ることができます(注2)。
現在、彼の著書『李朝貢納制の研究』は古本屋で3万円以上の値がついていますが、そのような業績も、なまじっか日韓両政府の竹島=独島論争に首を突っこんだばっかりにかすんで見えます。
竹島三羽ガラスにより秘蔵されてきた情報は、80年代になって徐々に明るみに出されました。1985年、国会図書館の塚本孝氏により『竹嶋之書付』が翻刻されたのに続いて(注3)、1987年には京都大学の堀和生教授により太政官の版図外指令などの重要史料が発掘され、竹島=独島問題に画期をもたらしました(注4)。
その後、鳥取藩や島根県の郷土史料が島根大学の内藤正中教授により全般的に解読されたのに続き(注5)、対馬藩の『竹島紀事』は2004年になって名古屋大学の池内敏教授により後半を中心に翻刻されました(注6)。
以上、メルクマール的な史料の学術研究をざっと見ましたが、研究が進むにつれ、外務省の立場はますます不利になるばかりのようです。
(注1)『御用人日記』5月21日条、および『竹嶋之書付』
(注2)半月城通信<安龍福が見た于山島はチクトウ(竹島)? 下條氏への批判>
http://www.han.org/a/half-moon/hm128.html#No.947
(注3)塚本孝「竹島関係旧鳥取藩文書および絵図」『レファレンス』411号,1985,P75
(注4)堀和生「一九〇五年 日本の竹島領土編入」『朝鮮史研究会論文集』第24号,1987
(注5)内藤正中『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』2000、多賀書店
(注6)池内敏『竹島一件の歴史学的研究』科学研究費成果報告書、2004
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
『竹嶋之書付』などの鳥取藩関係資料は、日韓で竹島=独島論争が盛んだった 1954年ころは鳥取県立中央図書館に「秘蔵」されていました。それを当時、島根県広報文書課の田村清三郎が特別に借用したり、外務省条約局第1課の川上健三や東洋文庫の田川孝三らが特別に閲覧したので、かれら三人はその内容を十分に把握していました。
その三人は日韓竹島=独島論争で大いに活躍した「竹島三羽ガラス」ですが、かれらは日本に不利と思われる史料の内容は決して公表しようとしませんでした。特に田村や川上は、公務員の悲しいサガとでも言うのでしょうか、目先の「利益」にとらわれ、真実を国民の前に明らかにしようという姿勢は皆無だったようでした。
その後、島根県や鳥取県はそうした情報を公開しましたが、外務省は未だに情報隠しの伝統を大事にしているようです。それを今回のパンフレットにありありと見ることができます。
外務省は限定的に公開した情報から「竹島は日本の固有領土」というキャッチフレーズを作りだしましたが、因果応報なことに、今ではそれが自縄自縛になり、竹島=独島を版図外とした太政官指令のような重要事件に関してまったく見解を示せないという苦境に陥っているようです。
かつての外務省は情報隠しにより、韓国政府とのディベートで一時的に優位に立ちましたが、歳月を経るうちに研究も進み、昔のキャッチフレーズが今や外務省のアキレス腱になってしまったようです。
ちなみに、竹島三羽ガラスの主な役割分担は次のようなものでした。
田村清三郎: 鳥取藩の古文書や、竹島=独島渡海関係など島根県関係資料調査
川上健三: 江戸幕府や明治政府関係などの資料調査、大谷家古文書の調査
田川孝三: 朝鮮史書を始めとした文献調査
田村や川上は公務員なので近視眼的な資料隠しは予想できるのですが、学者肌の田川までもが田川や田村と同様の資料隠しをおこなったようです。その一端はすでに書いたように、彼の于山島認識に見ることができます(注2)。
現在、彼の著書『李朝貢納制の研究』は古本屋で3万円以上の値がついていますが、そのような業績も、なまじっか日韓両政府の竹島=独島論争に首を突っこんだばっかりにかすんで見えます。
竹島三羽ガラスにより秘蔵されてきた情報は、80年代になって徐々に明るみに出されました。1985年、国会図書館の塚本孝氏により『竹嶋之書付』が翻刻されたのに続いて(注3)、1987年には京都大学の堀和生教授により太政官の版図外指令などの重要史料が発掘され、竹島=独島問題に画期をもたらしました(注4)。
その後、鳥取藩や島根県の郷土史料が島根大学の内藤正中教授により全般的に解読されたのに続き(注5)、対馬藩の『竹島紀事』は2004年になって名古屋大学の池内敏教授により後半を中心に翻刻されました(注6)。
以上、メルクマール的な史料の学術研究をざっと見ましたが、研究が進むにつれ、外務省の立場はますます不利になるばかりのようです。
(注1)『御用人日記』5月21日条、および『竹嶋之書付』
(注2)半月城通信<安龍福が見た于山島はチクトウ(竹島)? 下條氏への批判>
http://www.han.org/a/half-moon/hm128.html#No.947
(注3)塚本孝「竹島関係旧鳥取藩文書および絵図」『レファレンス』411号,1985,P75
(注4)堀和生「一九〇五年 日本の竹島領土編入」『朝鮮史研究会論文集』第24号,1987
(注5)内藤正中『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』2000、多賀書店
(注6)池内敏『竹島一件の歴史学的研究』科学研究費成果報告書、2004
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 16465 (ban_wol_seong さん)への返信です.
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