勅令にいう「石島」はどこ? 5
投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2008/03/16 08:49 投稿番号: [16372 / 18519]
7.外務省
研究者以外でも、公的機関で石島を観音島と主張するところは皆無です。外務省の公式見解は『竹島、竹島問題を理解するための10のポイント』にみることができますが、そこには石島を竹島=独島とすることへの疑問のみ記され、石島がどこであるかについてはふれませんでした。
8.島根県
島根県の公式見解は『フォトしまね』161号にみることができますが、そこでは何と石島は竹嶼であるとして、こう記されました。
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○勅令41号の石島 ○大韓全図や大韓輿地図などに描かれた于山島、李奎遠の報告した于山島 ○領土の東限とされた竹島−はいずれも、北澤正誠が鬱陵島近くの小島と記した現在の竹嶼であると理解するのが、自然だ(注13)。
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島根県は、勅令41号の「石島」を竹嶼と考えるなら、同勅令中の「竹島」を一体どこにするつもりでしょうか? 勅令の「竹島」をチュクトとすることに研究者間で異論がないことは上記に紹介したとおりです。
島根県が多額の費用をかけ「竹島問題研究会」を設置して得た研究成果がその程度だったとはあきれるばかりです。そればかりか、その誤りに気づかず『フォトしまね』を発刊し、その後もそれを正さずにインターネットで流し続けているようです。一事が万事、島根県の水準が知れます。
以上のように研究者の意見を総合すると、石島はチュクトであるとか、観音島であるとかの説は根拠薄弱で、石島はトクソム、すなわち竹島=独島とするのが妥当なようです。
(注1)下條正男『「竹島」その歴史と領土問題』
竹島・北方領土返還要求運動島根県民会議、2005、P98
(注2)梶村秀樹「竹島=独島問題と日本国家」『朝鮮研究』182号、1978
(注3)内藤正中『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』多賀出版、2000、P176
(注4)大西俊輝『日本海と竹島』東洋出版、2003, P76
(注5)塚本孝「日本の領域確定における近代国際法の適用事例」『東アジア近代史』
第3号、2000.3、P89
(注6)塚本孝「竹島領有権問題の経緯(第2版)」『調査と情報』289号,国立国会図書館,
1996、P6
(注7)下條正男「竹島問題、金炳烈氏に再反論する」『現代コリア』1999.5、P52
(注8)下條正男『竹島は日韓どちらのものか』文春新書、2004、P112
(注9)下條正男「竹島問題を「消す」なんてとんでもない」『正論』2007.3、P232
(注10)<「竹島の日」記念式典>レジュメ「日韓新時代と歴史問題の処理」2008
http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/index.data/2008.02.22siryo.pdf
(注11)舩杉力修「絵図・地図からみる竹島(Ⅱ)」『「竹島問題に関する調査研究」最終報告書』2007.3、P171
(注12)山陰中央新報「談論風発: 竹島問題研究会が最終報告」2007.6.5
http://www.sanin-chuo.co.jp/column/modules/news/article.php?storyid=406702035
(注13)『フォトしまね』161号「竹島」、2007
http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/takeshima06/takeshima06_05.html
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
研究者以外でも、公的機関で石島を観音島と主張するところは皆無です。外務省の公式見解は『竹島、竹島問題を理解するための10のポイント』にみることができますが、そこには石島を竹島=独島とすることへの疑問のみ記され、石島がどこであるかについてはふれませんでした。
8.島根県
島根県の公式見解は『フォトしまね』161号にみることができますが、そこでは何と石島は竹嶼であるとして、こう記されました。
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○勅令41号の石島 ○大韓全図や大韓輿地図などに描かれた于山島、李奎遠の報告した于山島 ○領土の東限とされた竹島−はいずれも、北澤正誠が鬱陵島近くの小島と記した現在の竹嶼であると理解するのが、自然だ(注13)。
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島根県は、勅令41号の「石島」を竹嶼と考えるなら、同勅令中の「竹島」を一体どこにするつもりでしょうか? 勅令の「竹島」をチュクトとすることに研究者間で異論がないことは上記に紹介したとおりです。
島根県が多額の費用をかけ「竹島問題研究会」を設置して得た研究成果がその程度だったとはあきれるばかりです。そればかりか、その誤りに気づかず『フォトしまね』を発刊し、その後もそれを正さずにインターネットで流し続けているようです。一事が万事、島根県の水準が知れます。
以上のように研究者の意見を総合すると、石島はチュクトであるとか、観音島であるとかの説は根拠薄弱で、石島はトクソム、すなわち竹島=独島とするのが妥当なようです。
(注1)下條正男『「竹島」その歴史と領土問題』
竹島・北方領土返還要求運動島根県民会議、2005、P98
(注2)梶村秀樹「竹島=独島問題と日本国家」『朝鮮研究』182号、1978
(注3)内藤正中『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』多賀出版、2000、P176
(注4)大西俊輝『日本海と竹島』東洋出版、2003, P76
(注5)塚本孝「日本の領域確定における近代国際法の適用事例」『東アジア近代史』
第3号、2000.3、P89
(注6)塚本孝「竹島領有権問題の経緯(第2版)」『調査と情報』289号,国立国会図書館,
1996、P6
(注7)下條正男「竹島問題、金炳烈氏に再反論する」『現代コリア』1999.5、P52
(注8)下條正男『竹島は日韓どちらのものか』文春新書、2004、P112
(注9)下條正男「竹島問題を「消す」なんてとんでもない」『正論』2007.3、P232
(注10)<「竹島の日」記念式典>レジュメ「日韓新時代と歴史問題の処理」2008
http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/index.data/2008.02.22siryo.pdf
(注11)舩杉力修「絵図・地図からみる竹島(Ⅱ)」『「竹島問題に関する調査研究」最終報告書』2007.3、P171
(注12)山陰中央新報「談論風発: 竹島問題研究会が最終報告」2007.6.5
http://www.sanin-chuo.co.jp/column/modules/news/article.php?storyid=406702035
(注13)『フォトしまね』161号「竹島」、2007
http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/takeshima06/takeshima06_05.html
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 16371 (ban_wol_seong さん)への返信です.
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