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Re: 『西溪雑録』と『臥遊録』の記事2

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2008/01/13 00:52 投稿番号: [16128 / 18519]
  この二つの法則を踏まえて『新筯東國輿地勝覧』と『西溪雑録』の文章を検討してみましょう。
  ararenotomoさんは朝鮮本土から欝陵島の峯頭の樹木や山根の沙渚が歴歴と見えるというのは事実に反するが欝陵島の高所から見れば峯頭の樹木や山根の沙渚が歴歴と見えるのは事実なので『新筯東國輿地勝覧』の「一云武陵一云羽陵二島在縣正東海中三峰岌〓〓空南峯稍卑風日清明則峯頭樹木及山根沙渚歴々可見」の「峯頭樹木及山根沙渚歴々可見」は朝鮮本土から見たのではなく、欝陵島の高所から見たと解釈されています。しかし欝陵島の高所から見たと明記しないと読み手に欝陵島の高所から見たということを伝えることができないにもかかわらずこれが明記されていないということを考えれば、たとえ欝陵島の高所から「峯頭樹木及山根沙渚」が見えるのが事実だとしても『新筯東國輿地勝覧』の著者は欝陵島の高所から見たと考えているわけではない、と判断できます。それではどこから見たのか文中を探ってみると「二島在縣正東海中」の縣(蔚珍縣)からとしか解釈できません。また地誌の書式を規定する「規式」のルールにば島嶼の場合には、陸地からの距離を明記するという原則があったことを考慮しても朝鮮本土である蔚珍縣から見たと解釈するのが適当です。ただここで問題になるのは朝鮮本土から欝陵島の峯頭の樹木や山根の沙渚が歴歴と見えるはずがないという点ですが、書き手が事実と考えて書いた文章であっても事実でない情報しか入手できないと判断を誤って事実でないことを事実として文章にしてしまうことがあるわけですから、『新筯東國輿地勝覧』の著者は正確な情報を入手できなかったために、蔚珍縣から「峯頭樹木及山根沙渚」が見えると誤解していた、と判断しても差し支えないということになります。
  同じくararenotomoさんは朝鮮本土の高所から于山島(于山島に竹島=独島・竹嶼・架空の島のどれをあてはめても同じ)は見えないが欝陵島の高所から竹島=独島は見えるので『西溪雑録』の「于山島勢卑不因海氣極芿朗不登最高頂則不可見」は欝陵島の高所から見える竹島=独島を于山島であると見なしている、とお考えのようです。しかしこの時代を代表する有名な学者である朴世堂ほどの人物が「鬱陵島から」見たという部分を省略してしまえば「寧海から」見たと読み手が解釈してしまうことに気付かないはずがありません。にもかかわらず「鬱陵島から」見たと明記されていないわけですから、たとえ欝陵島の高所から竹島=独島が見えるのが事実であったとしても、朴世堂は欝陵島の高所から于山島=竹島=独島が見えると考えていたわけではなく、寧海の高所から于山島が見えると考えていた、と判断できます。「規式」のルールに従ってもこちらのほうが適切です。実際には「寧海の高所から」于山島は見えませんが見えると誤解していたと判断してもよい理由はもう説明しましたね。
  さらにararenotomoさんは「欝陵稍峻風浪息則尋常可見」を「海上から」見たと解釈されていますが,「海上から」という部分を明記しないと「寧海から」見たと読み手が解釈してしまうのは明らかであるにもかかわらず「海上から」と明記しなかったということは「欝陵稍峻風浪息則尋常可見」は「海上から」見たのではなく「寧海から」見たと判断できます。「規式」のルールに従ってもこちらのほうか適切ですし、実際に「寧海から」鬱陵島は見えるわけですから何の問題もありません。

  たとえどんなに優秀な人間であっても間違った情報しか入手できなければ正しい判断は出来ない一方で、「欝陵島の高所」からあるいは「海上から」の部分を省略すると読み手が「寧海から」見たと解釈してしまうであろうということは子供でも判断できます。この二つの間のハードルの高さの違いに留意していただきたいと思います。

  難しいことをわかりやすく説明するのは大変難しいものがありますが、理解していただけましたでしょうか。
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