日本の竹島=独島領土編入2
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2003/04/13 13:13 投稿番号: [1577 / 18519]
一方、内務省の反対をよそに、当面の戦争を何としても勝利させたい海軍は、かつて『日本水路誌』や『朝鮮水路誌』でリアンクール島を朝鮮領と認識していたにもかかわらず、望楼建設という作戦上の観点から同島は無所属であると判断を変更するようになった。
さらに外務省にいたっては、戦時中という「時局ナレバコソ領土編入ヲ急要トスル」と帝国主義の本性をあらわにして、かつて『朝鮮国交際始末内探書』で朝鮮領と考えていたリアンクール島の領土編入を急いだのである。
結局、内務省は最後には外務省の意見に賛成し、リアンクール島の領土編入を閣議にはかった。一九〇五年一月二八日、閣議は中井の申請を認める形で領土編入を左記のように決定し、竹島と命名した。
別紙内務大臣請議 無人島所属ニ関スル件ヲ審査スルニ 右ハ北緯三十七度九分三十秒 東経百三十一度五十五分 隠岐島ヲ隔ル西北八十五浬ニ在ル無人島ハ 他国ニ於テ之ヲ占領シタリト認ムヘキ形跡ナク 一昨三十六年 本邦人 中井養三郎ナル者ニ於テ 漁舎ヲ構ヘ人夫ヲ移シ猟具ヲ備ヘテ海驢猟ニ着手シ 今回領土編入並に貸下ヲ請願セシ所 此際所属及島名ヲ確定スルノ必要アルヲ以テ該島ヲ竹島ト名ケ 自今島根県所属隠岐島司ノ所管ト為サントスト謂フニ在リ 依テ審査スルニ 明治三十六年以来中井養三郎ナル者カ該島ニ移住シ漁業ニ従事セルコトハ 関係書類ニ依リ明ナル所ナレバ 国際法上占領ノ事実アルモノト認メ 之ヲ本邦所属トシ島根県所属隠岐島司ノ所管ト為シ 差支無之儀ト思考ス 依テ請議ノ通 閣議決定相成可然ト認ム(31)
ここで日本政府が竹島=独島を領土編入した論理であるが、それは「無主地」であるリアンクール島に一九〇三年来、中井が「移住」したので、これを国際法上の占領と認めて日本の領土に編入したというものであった。
しかし、この論理には無理がある。まず、竹島=独島は民間人が居住できるような島ではなかったし、また中井が竹島=独島に本格的に居住した事実もなかった。中井が同島を利用した実態は、四月から八月にかけてアシカ猟のたびに菰葺小屋で「毎回約十日間仮居」したにすぎないのであり「移住」や「占領」とはほど遠いものであった(32)。
それにも増して重要なのは、日本政府が朝鮮領であるリアンクール島を無主地と判断したことにある。かつて明治政府は、内務省や外務省、海軍、太政官など関係機関が同島を朝鮮領と考えていたが、その路線を根本的に覆すものであった。そしてその主な動機は、これまで見たように日露戦争遂行のため同島に軍事施設を設けることであった。
閣議決定に際し、日本は関係国である朝鮮との協議はおろか、政府レベルでの公示すら一切しなかった。これは小笠原諸島の領土編入とくらべると対照的である。小笠原諸島の場合、日本は関係国であるアメリカなどと十分な協議を重ねて相手国の同意を得て領土編入を行ったが、それに反し竹島=独島の場合は政府内で秘密裏に処理された。官報による告示もなく、わずかに政府の訓令を受けた島根県が告示で公表したにとどまった。同県は県告示四〇号で同島を竹島と命名し、隠岐島司の所管にすると公示した。
(29)島根県広報文書課編『竹島関係誌料』第一巻、一九五三年。
(30)『軍艦新高行動日誌』防衛庁戦史部所蔵
(31)『公文類聚』第二十九編巻一政綱門行政区、国立公文書館所蔵(二A十一―類九八一/マイクロリール一七三、一三七五コマ)
(32)内藤正中、前掲書、一七五頁
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
さらに外務省にいたっては、戦時中という「時局ナレバコソ領土編入ヲ急要トスル」と帝国主義の本性をあらわにして、かつて『朝鮮国交際始末内探書』で朝鮮領と考えていたリアンクール島の領土編入を急いだのである。
結局、内務省は最後には外務省の意見に賛成し、リアンクール島の領土編入を閣議にはかった。一九〇五年一月二八日、閣議は中井の申請を認める形で領土編入を左記のように決定し、竹島と命名した。
別紙内務大臣請議 無人島所属ニ関スル件ヲ審査スルニ 右ハ北緯三十七度九分三十秒 東経百三十一度五十五分 隠岐島ヲ隔ル西北八十五浬ニ在ル無人島ハ 他国ニ於テ之ヲ占領シタリト認ムヘキ形跡ナク 一昨三十六年 本邦人 中井養三郎ナル者ニ於テ 漁舎ヲ構ヘ人夫ヲ移シ猟具ヲ備ヘテ海驢猟ニ着手シ 今回領土編入並に貸下ヲ請願セシ所 此際所属及島名ヲ確定スルノ必要アルヲ以テ該島ヲ竹島ト名ケ 自今島根県所属隠岐島司ノ所管ト為サントスト謂フニ在リ 依テ審査スルニ 明治三十六年以来中井養三郎ナル者カ該島ニ移住シ漁業ニ従事セルコトハ 関係書類ニ依リ明ナル所ナレバ 国際法上占領ノ事実アルモノト認メ 之ヲ本邦所属トシ島根県所属隠岐島司ノ所管ト為シ 差支無之儀ト思考ス 依テ請議ノ通 閣議決定相成可然ト認ム(31)
ここで日本政府が竹島=独島を領土編入した論理であるが、それは「無主地」であるリアンクール島に一九〇三年来、中井が「移住」したので、これを国際法上の占領と認めて日本の領土に編入したというものであった。
しかし、この論理には無理がある。まず、竹島=独島は民間人が居住できるような島ではなかったし、また中井が竹島=独島に本格的に居住した事実もなかった。中井が同島を利用した実態は、四月から八月にかけてアシカ猟のたびに菰葺小屋で「毎回約十日間仮居」したにすぎないのであり「移住」や「占領」とはほど遠いものであった(32)。
それにも増して重要なのは、日本政府が朝鮮領であるリアンクール島を無主地と判断したことにある。かつて明治政府は、内務省や外務省、海軍、太政官など関係機関が同島を朝鮮領と考えていたが、その路線を根本的に覆すものであった。そしてその主な動機は、これまで見たように日露戦争遂行のため同島に軍事施設を設けることであった。
閣議決定に際し、日本は関係国である朝鮮との協議はおろか、政府レベルでの公示すら一切しなかった。これは小笠原諸島の領土編入とくらべると対照的である。小笠原諸島の場合、日本は関係国であるアメリカなどと十分な協議を重ねて相手国の同意を得て領土編入を行ったが、それに反し竹島=独島の場合は政府内で秘密裏に処理された。官報による告示もなく、わずかに政府の訓令を受けた島根県が告示で公表したにとどまった。同県は県告示四〇号で同島を竹島と命名し、隠岐島司の所管にすると公示した。
(29)島根県広報文書課編『竹島関係誌料』第一巻、一九五三年。
(30)『軍艦新高行動日誌』防衛庁戦史部所蔵
(31)『公文類聚』第二十九編巻一政綱門行政区、国立公文書館所蔵(二A十一―類九八一/マイクロリール一七三、一三七五コマ)
(32)内藤正中、前掲書、一七五頁
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 1576 (hangetsujoh さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/1577.html