Re: 舩杉氏への批判?1
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2007/07/09 19:56 投稿番号: [15651 / 18519]
>ただし、無主地と言っても、日本にそれなりに近い島でもあり漁民の渡航も
>ありますので、領有意識はいちいち表明せずとも、日本の地に含まれるもの
>との考え方は自然とあったかもしれません。
国際法では、公的な活動が実効支配の証拠となると共に領有意志の表明にもなります。漁民の活動でも公的機関による許可がなされている場合は、権原の証拠(領有意志の表明+主権の発現)として有効です。改めて「ここは俺の領土だ」と宣言している例のほうが少ないのではないのでしょうか。
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Eritrea-Yemen仲裁裁判
The modern international law of the acquisition (or attribution) of territory generally requires that there be: an intentional display of power and authority over the territory, by the exercise of jurisdiction and state functions, on a continuous and peaceful basis.
(中略)
In order to examine the performance of jurisdictional acts on the Islands, the Tribunal must consider evidence of activities on the land territory of the Islands as well as acts in the water surrounding the Islands. This evidence includes:(中略)the licensing of activities on the land of the Islands(略)
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現竹島に関する公権力の発現(公的な許可)として認められる可能性があるものとして、以下があります。
・1660年:亀山庄左右衛門から大屋への手紙(松嶋への渡船の老中内意)
・1681年:幕府巡察使への請書の写し(竹島への道筋にある小嶋を阿部の取り持ちで拝領)
・1681年以前:公儀御目見に関する寺社奉行への申入(明確に松嶋に言及せず)
・1663年以前:鳥取藩からの借銀、鳥銃の貸し出し(明確に松嶋に言及せず)
まぁ「強い間接的推定」と判断される可能性のほうが高いとは思いますが、国際法では追認でも大丈夫ですのでこれらが公的機関の許可として認められる可能性は0ではないでしょう。他にも鎖国時に国際法の権原が通用するかといった問題もあるのですが、可能性を自ら捨てる必要はないと思ってます。
なお、池内は1681年に公儀御目見の取り持ちが阿倍家から鳥取藩に変わったことや大谷・村川の渡海を「寄合之所務」へ変更したことをもって「それまでなされてきた阿部家の竹島渡海への関与が私的なものであって、幕府意志を背景にした公的性格を帯びた関与ではなかったことを示唆していよう」としています。池内が何故に幕府の家来たる阿部を「私」と決めつけたがるのか意図がわかりませんが、国際法上は地方機関における権限の発現も「公」として認められらており、公儀、寺社奉行、鳥取藩の活動を「私」とする論理はありえません。
>ありますので、領有意識はいちいち表明せずとも、日本の地に含まれるもの
>との考え方は自然とあったかもしれません。
国際法では、公的な活動が実効支配の証拠となると共に領有意志の表明にもなります。漁民の活動でも公的機関による許可がなされている場合は、権原の証拠(領有意志の表明+主権の発現)として有効です。改めて「ここは俺の領土だ」と宣言している例のほうが少ないのではないのでしょうか。
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Eritrea-Yemen仲裁裁判
The modern international law of the acquisition (or attribution) of territory generally requires that there be: an intentional display of power and authority over the territory, by the exercise of jurisdiction and state functions, on a continuous and peaceful basis.
(中略)
In order to examine the performance of jurisdictional acts on the Islands, the Tribunal must consider evidence of activities on the land territory of the Islands as well as acts in the water surrounding the Islands. This evidence includes:(中略)the licensing of activities on the land of the Islands(略)
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現竹島に関する公権力の発現(公的な許可)として認められる可能性があるものとして、以下があります。
・1660年:亀山庄左右衛門から大屋への手紙(松嶋への渡船の老中内意)
・1681年:幕府巡察使への請書の写し(竹島への道筋にある小嶋を阿部の取り持ちで拝領)
・1681年以前:公儀御目見に関する寺社奉行への申入(明確に松嶋に言及せず)
・1663年以前:鳥取藩からの借銀、鳥銃の貸し出し(明確に松嶋に言及せず)
まぁ「強い間接的推定」と判断される可能性のほうが高いとは思いますが、国際法では追認でも大丈夫ですのでこれらが公的機関の許可として認められる可能性は0ではないでしょう。他にも鎖国時に国際法の権原が通用するかといった問題もあるのですが、可能性を自ら捨てる必要はないと思ってます。
なお、池内は1681年に公儀御目見の取り持ちが阿倍家から鳥取藩に変わったことや大谷・村川の渡海を「寄合之所務」へ変更したことをもって「それまでなされてきた阿部家の竹島渡海への関与が私的なものであって、幕府意志を背景にした公的性格を帯びた関与ではなかったことを示唆していよう」としています。池内が何故に幕府の家来たる阿部を「私」と決めつけたがるのか意図がわかりませんが、国際法上は地方機関における権限の発現も「公」として認められらており、公儀、寺社奉行、鳥取藩の活動を「私」とする論理はありえません。
これは メッセージ 15648 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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