Re:下條正男批判、江戸時代の地図の彩色
投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/06/12 20:30 投稿番号: [15604 / 18519]
いくつか質問させていただきます。半月城さんのhpには以下の記述がありますね。
『大日本史』は、1823年以前の「竹島渡海事業」がたけなわのころ、つまり松島、竹島が日本領と思われていたころの古記や紀行を元にしたのかもしれません。そうでなければ、あるいは『大日本史』は水戸藩の歴史書にしかすぎず、幕府史料を入手できず、事情を知悉できなかったためかもしれません。そうであれば「不待智者而知也」は当然です。
于山国の歴史、『大日本史』1
http://www.han.org/a/half-moon/hm091.html#No.650
これは竹島一件以前の領有意識が『大日本史』の記述に反映しているとしか読めないわけですが、今回の投稿には、
無人島の竹島(欝陵島)は宝の島だったようで、日本と朝鮮の漁民が朝鮮政府の捜討官の目をかいくぐって竹島(欝陵島)へ密航し、両者がせめぎあっていたようです。そうした密航者の竹島・松島紀行が伝わり、水戸藩による『大日本史』で両島は隠岐国の所属と認識されるようになったようです。
とあります。これは竹島一件以後の領有意識が『大日本史』の記述に反映している、という主張ですよね。どうも半月城さん自らの論説を修正されたようですが、どういう事情があって修正されたのか教えてください。
あと、ちょっと前の投稿には、
なお、池内氏自身 2005年まで著者を斉藤豊仙としていましたが、それを修正した形になりました。このように、学者は自らの論説を修正するときはその理由を明らかにするのが学者なりの「作法」といえます。下條正男氏も見習ってほしいものです。
とありますが、半月城さんが自らの論説を修正するときにその理由を明らかにしなかったのはなぜでしょうか?
ついでに「松島、竹島が日本領と思われていたころの古記や紀行」、「そうした密航者の竹島・松島紀行」とは具体的にどのような文献を指しているのか教えてください。
最後に私は『隠岐古記集』を改めて読み直してみましたが、「今は朝鮮人来て住すと言ふ」の記述があります。ここから考えると、例えば「『隠岐古記(集?)』は竹島松島は日本領と認識していたが、これは竹島一件以後の日本人の活動が反映されたものである」といったような主張をするのは難しいような気がします。この私の推論について半月城さんはどのようにお考えでしょうか?
『大日本史』は領有権論争にはあまり影響がなさそうな資料ですが、半月城さんがどのような姿勢で竹島=独島論争に臨んでいらっしゃるのか理解することは大変有意義なことだと思います。よろしくお願いします。
『大日本史』は、1823年以前の「竹島渡海事業」がたけなわのころ、つまり松島、竹島が日本領と思われていたころの古記や紀行を元にしたのかもしれません。そうでなければ、あるいは『大日本史』は水戸藩の歴史書にしかすぎず、幕府史料を入手できず、事情を知悉できなかったためかもしれません。そうであれば「不待智者而知也」は当然です。
于山国の歴史、『大日本史』1
http://www.han.org/a/half-moon/hm091.html#No.650
これは竹島一件以前の領有意識が『大日本史』の記述に反映しているとしか読めないわけですが、今回の投稿には、
無人島の竹島(欝陵島)は宝の島だったようで、日本と朝鮮の漁民が朝鮮政府の捜討官の目をかいくぐって竹島(欝陵島)へ密航し、両者がせめぎあっていたようです。そうした密航者の竹島・松島紀行が伝わり、水戸藩による『大日本史』で両島は隠岐国の所属と認識されるようになったようです。
とあります。これは竹島一件以後の領有意識が『大日本史』の記述に反映している、という主張ですよね。どうも半月城さん自らの論説を修正されたようですが、どういう事情があって修正されたのか教えてください。
あと、ちょっと前の投稿には、
なお、池内氏自身 2005年まで著者を斉藤豊仙としていましたが、それを修正した形になりました。このように、学者は自らの論説を修正するときはその理由を明らかにするのが学者なりの「作法」といえます。下條正男氏も見習ってほしいものです。
とありますが、半月城さんが自らの論説を修正するときにその理由を明らかにしなかったのはなぜでしょうか?
ついでに「松島、竹島が日本領と思われていたころの古記や紀行」、「そうした密航者の竹島・松島紀行」とは具体的にどのような文献を指しているのか教えてください。
最後に私は『隠岐古記集』を改めて読み直してみましたが、「今は朝鮮人来て住すと言ふ」の記述があります。ここから考えると、例えば「『隠岐古記(集?)』は竹島松島は日本領と認識していたが、これは竹島一件以後の日本人の活動が反映されたものである」といったような主張をするのは難しいような気がします。この私の推論について半月城さんはどのようにお考えでしょうか?
『大日本史』は領有権論争にはあまり影響がなさそうな資料ですが、半月城さんがどのような姿勢で竹島=独島論争に臨んでいらっしゃるのか理解することは大変有意義なことだと思います。よろしくお願いします。
これは メッセージ 15599 (ban_wol_seong さん)への返信です.
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