竹島

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Re: 田邉太一の「于山」認識

投稿者: take_8591 投稿日時: 2007/04/25 17:10 投稿番号: [15547 / 18519]
   明治9年から10年にかけて、「松島開拓之議」「竹島渡海之願」「松島開島願書并建言」「松島開島之建白」等々が申請され、明治政府内で「松島巡視要否ノ議」が興りました。
   ここで「松島」の文言を用いて示された島が、現在の鬱陵島であることに疑いありません。しかし、田辺太一がこの「松島」を、鬱陵島、チェクド、リャンコ島の何れであると考えていたかは確定させようがありません。

   先ず、田辺太一が、松島=鬱陵島と考えていたと仮定します。
   田辺太一は、「松島ハ(略)蔚陵島ニ属スル于山ナリ」と述べているところから、于山島=松島=鬱陵島となります。この認識に立ち、「巡視スル豈無益ナラサランヤ」の意見を上申するのは当を得ています。
   尚、田辺太一は、「古の于山国」の様な概念を持ち、それに「蔚陵島」を当てたのでしょう。この様な于山島に係る混乱は、この6年後の高宗実録でも見受けられますから、日本の地理認識と朝鮮の地理認識を摺り合わせすれば、この程度の混乱が生ずるのは当然かも知れません。

   次いで、田辺太一が、松島=チェクドorリャンコ島と考えていたと仮定します。
   この田辺太一の認識は誤りです。松島近隣への誤った認識を持ち、「巡視スル豈無益ナラサランヤ」の意見を上申するのは失当です。係る者の意見の中身を考えることは無益です。


   ①>「開拓願」の「松島」が鬱陵島と認識していた田邉太一は、
   ②>松島について次の様に記しました「聞クカ如キハ松島ハ我邦人ノ命セル名ニシテ其実ハ朝鮮蔚陵島ニ属スル于山ナリ」。
   ③>松島は、「日本人の命名した名前」から、『隠州視聴合記』『竹島圖説』『竹島考』等に記されている松島と分ります。
   ④>そして田邉は、この本来の松島は朝鮮蔚陵島に属する于山である、と認識していました。
   ⑤>「松島ハ于山ナリ」は高麗史の「一云于山武陵本二島相距不遠風日晴明則可望見」をそのとおりに読み、川上健三氏(『竹島の歴史地理学的研究』古今書院, 1966)のように、鬱陵島を本土から見た記事とは読まなかったことを示します。
    この論理展開が良く理解できないのですが・・・・

   ①   「開拓願」の「松島」が鬱陵島と認識していた田邉太一は、
   ②   松島について次の様に記しました「聞クカ如キハ松島ハ我邦人ノ命セル名ニシテ其実ハ朝鮮蔚陵島ニ属スル于山ナリ」。
   ③   「日本人の命名した名前」は、「開拓願の松島」と「朝鮮名称于山」を結合させるための導入部と考えられ、『隠州視聴合記』『竹島圖説』『竹島考』等に記されている松島とは当然関係ありません。
   ④   そして田邉は、「開拓願の松島」=「朝鮮蔚陵島に属する于山」であると認識していました。
   ⑤   すると、「松島ハ于山ナリ」は、元禄の外交文書に示される朝鮮政府の解釈を継承し、川上健三氏のように「風日晴明則可望見」を鬱陵島を本土から見た記事と読みとったことを示します。
    という論理展開の方が整合性があると思います。
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