>続きはあるのかなあ.
投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2003/03/17 18:39 投稿番号: [1537 / 18519]
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少なくとも19世紀末ころはそうでなかったことがはっきりしました。一方、松竹島は後に韓国官報(1900)に掲載された竹島とみられます。
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とありますから、続きは勅令に行くのではないでしょうか、以下のような小説かと霊視します。
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さて、鬱陵島のほかに于山島、松竹島が存在するという3島認識が明確になったところで、その後の近代法に基づく領土編入を1900年の勅令で行いました。勅令では、松竹島を石島としておりますが、これは、当時の漁師が独島を石島と呼んでいたためです。
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ここで、「一小島で鬱陵島との距離は30数里(1.2km)です。その産物は檀香と簡竹であるといいます」との記述が、200里以上離れた、岩石の島「独島」にワープします。プリンセス天功も真っ青のillusionです。(kunitaka氏のHPでは、10里になってるけどどっちが正しいのやら。朝鮮の1里って0.4kmではなかったっけ?)
あと、今回の半ケツ氏投稿について、中立で史料解釈の力量があるけど、重要な部分を読み飛ばしてしまう、おっちょこちょいなnochonggakk氏の感想もお聞きしたいですな。
これは メッセージ 1534 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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