竹島

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19世紀末頃の大韓帝国の東限

投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/07/15 21:01 投稿番号: [14766 / 18519]
竹島(リアンクール)が日本領であり、朝鮮の領土であるはずもなかったことは、すでに下條正男『竹島は日韓どちらのものか』(文春新書、2004年)で、17世紀の鬱陵島をめぐる江戸幕府と朝鮮との争い(とくに安龍福の一件)をはじめ、19世紀末から1905年の明治政府による島根県編入に至る時期の、朝鮮自身の領土認識の検討、等々によってすでに十分すぎるくらい明確に実証されていることだ。

たとえば1905年、日本が竹島を行政区域として島根県に編入する時期より数十年さかのぼる時期の、朝鮮での領土認識については、同書の105〜116ページに詳しい。

現在の韓国政府およびマスコミが「1905年の竹島の島根県編入は、朝鮮侵略の第一歩」などという、おきまりのデマがあるが、これについては、当時の大韓帝国政府自身が、その領土の東限を明確に「東経130度」としていたほか、今日の竹島(リアンクール)の存在を知りもしなかったことが明確に述べられている。

竹島(当時、国際的にリアンクールと呼ばれていた)は、東経131度55分にあり、大韓帝国自身の認識する領土の範囲の外にあったことを、韓国は19世紀末以来、自ら認めていたのである。
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