Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/06/22 21:44 投稿番号: [14654 / 18519]
te2222000さん
>間接的な状況証拠に基いた推測でしかないので、「当然」と断定することは
>無理だと思います。
間接的な状況証拠ではなく、事実に基づいた推測です。
(事実)竹島(鬱陵島)から高麗(朝鮮)を望む
と記載されています。
(推測)その海域に出漁していた隠州地元漁民は、朝鮮を望むところで、緊張・
不安を感じていたことは当然と思われます。
記録に残るような衝突がなくとも、漁業協定がある訳でもない外国に近づく
だけで、緊張・不安を感じるのは当り前です。
両国漁民とも竹島(鬱陵島)近海への出漁の経緯がそれまであったのですから、
遭遇の機会もあり得ました。だから、後に「竹島一件」が起こりました。
>しかし、ご自身でおっしゃっているように「竹魚海鹿が多いからここまでは日本である」
>では何の論理にもならず、辻褄が合いません。
斉藤豊仙(地元漁民)にとって「多竹魚海鹿」こそが重要です。しかし日本の
国境を論ずるとき、「竹魚海鹿が多いからここまでは日本である。」では、国境
を主張する何の "正当な" 論理にもなりません。豊仙は、「竹魚海鹿が多いから
ここまでは日本である。」とあからさまに読みとられることのないないよう割注
にしたものと考えました。
このような豊仙の筋の通し方について、私は「その気持ちよく分かる」とします
が、te2222000さんは「辻褄があわない」ので分からないとしています。
「此二島無人之地」にはそのような "込められた意味" はありません。
また「俗言磯竹島」は言い換えですから、この場合は割注とするのが普通です。
shuku_remus
これは メッセージ 14651 (te2222000 さん)への返信です.
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