B・C級戦犯
投稿者: edokkotaroo 投稿日時: 2006/05/08 10:12 投稿番号: [14042 / 18519]
こんなの読んで見て下さい、
B C 級 戦 犯
林 博 史
『歴史と地理』(山川出版社)532号、2000年3月
--------------------------------------------------------------------------------
BC級戦犯・BC級戦犯裁判とは何だったのか、についてかんたんに整理したものです。コンパクトにまとまったものとしてはほかにあまりないように思いますが。ただBC級戦犯裁判の意義について、ほかにも重要な意義があると考えています。近いうちに詳しく書きたいと考えています。 2003.8.1記
--------------------------------------------------------------------------------
戦争犯罪とは
「戦争犯罪」には大きく言って二つの内容が含まれている。一つは戦争をおこなう際のルールを決めそれに反する行為を戦争犯罪とする考え方であり、もう一つは戦争自体あるいは戦争を起こすこと自体を犯罪とする考え方である。
前者については、傷病兵の保護を定めた第一回赤十字条約(一八六四年)が最初の条約といえる。この条約はその後幾度か改正された。また捕虜の保護をうたったジュネーブ条約(一九二九年)も締結された。他方、一八九九年におこなわれたハーグ平和会議で有毒性ガスやダムダム弾(人体の中で留まる特殊な弾)などの使用を禁止する宣言がなされ、そうした努力が「陸戦の法規慣例に関する条約(通称ハーグ条約)」とその付属規則(一九〇七年)として結実した。これには捕虜などの保護、毒や不必要に苦痛を与える兵器の使用禁止、占領地での住民の生命財産の保護、略奪の禁止などが含まれ、それまで積み重ねられてきた慣習を法典化した戦争法であった。これらの戦時国際法を侵犯することは戦争犯罪とされた。
後者の考え方は、第一次世界大戦後のヴェルサイユ平和条約で、この戦争を開始したドイツ皇帝の「戦争開始者責任」が問われたことが始まりである。ドイツ皇帝は亡命したために裁判にかけられなかったが、不正な戦争をおこしたこと自体を戦争犯罪として裁こうとした最初の例である。侵略戦争は違法であるという考え(戦争違法化)は国際連盟の規約(一九一九年)や「戦争放棄に関する条約(パリ不戦条約)」(一九二八年)などによって発展していった。
その後、前者を「戦争の法規または慣例の違反(通例の戦争犯罪)」、後者を「平和に対する罪」と呼ぶようになった。さらに第二次世界大戦中のナチスドイツによるユダヤ人に対するホロコーストという想像を絶する犯罪を念頭において「人道に対する罪」という概念も誕生した。
ナチスドイツを裁くために連合国によって作成された国際軍事裁判条例(ニュルンベルク裁判の根拠、一九四五年)の第六条において犯罪のタイプとしてA項「平和に対する罪」、B項「通例の戦争犯罪」、C項「人道に対する罪」と三つに区分したことから、侵略戦争をおこして「平和に対する罪」に問われた国家指導者たちをA級戦犯class A war criminal、それ以外のB項とC項の犯罪を犯した者をBC級戦犯class B & C war criminalと呼ぶようになった。ただこれはアメリカ式の呼び方であり、イギリスは主要major戦犯と軽minor戦犯と呼んで区別している。
B級とC級犯罪は重なる部分が多いが、前者が戦時における敵国民への犯罪であるのに対して、後者は戦時だけでなく平時も含み、自国民への犯罪も対象としていることに大きな違いがある。たとえばドイツ国民であるユダヤ人を戦争前から迫害したケースは、B級には該当しない。そういう問題があったのでC級が考えられた。たとえば、カンボジアのポルポト派の犯罪は自国民を虐殺したわけだからB級ではなくC級犯罪である。日本についてはC級が適用されなかったが、それは植民地民衆(当時は日本国籍)に対する犯罪(強制連行や慰安婦の強制など)が裁かれなかったことと関係している。
http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper47.htm
B C 級 戦 犯
林 博 史
『歴史と地理』(山川出版社)532号、2000年3月
--------------------------------------------------------------------------------
BC級戦犯・BC級戦犯裁判とは何だったのか、についてかんたんに整理したものです。コンパクトにまとまったものとしてはほかにあまりないように思いますが。ただBC級戦犯裁判の意義について、ほかにも重要な意義があると考えています。近いうちに詳しく書きたいと考えています。 2003.8.1記
--------------------------------------------------------------------------------
戦争犯罪とは
「戦争犯罪」には大きく言って二つの内容が含まれている。一つは戦争をおこなう際のルールを決めそれに反する行為を戦争犯罪とする考え方であり、もう一つは戦争自体あるいは戦争を起こすこと自体を犯罪とする考え方である。
前者については、傷病兵の保護を定めた第一回赤十字条約(一八六四年)が最初の条約といえる。この条約はその後幾度か改正された。また捕虜の保護をうたったジュネーブ条約(一九二九年)も締結された。他方、一八九九年におこなわれたハーグ平和会議で有毒性ガスやダムダム弾(人体の中で留まる特殊な弾)などの使用を禁止する宣言がなされ、そうした努力が「陸戦の法規慣例に関する条約(通称ハーグ条約)」とその付属規則(一九〇七年)として結実した。これには捕虜などの保護、毒や不必要に苦痛を与える兵器の使用禁止、占領地での住民の生命財産の保護、略奪の禁止などが含まれ、それまで積み重ねられてきた慣習を法典化した戦争法であった。これらの戦時国際法を侵犯することは戦争犯罪とされた。
後者の考え方は、第一次世界大戦後のヴェルサイユ平和条約で、この戦争を開始したドイツ皇帝の「戦争開始者責任」が問われたことが始まりである。ドイツ皇帝は亡命したために裁判にかけられなかったが、不正な戦争をおこしたこと自体を戦争犯罪として裁こうとした最初の例である。侵略戦争は違法であるという考え(戦争違法化)は国際連盟の規約(一九一九年)や「戦争放棄に関する条約(パリ不戦条約)」(一九二八年)などによって発展していった。
その後、前者を「戦争の法規または慣例の違反(通例の戦争犯罪)」、後者を「平和に対する罪」と呼ぶようになった。さらに第二次世界大戦中のナチスドイツによるユダヤ人に対するホロコーストという想像を絶する犯罪を念頭において「人道に対する罪」という概念も誕生した。
ナチスドイツを裁くために連合国によって作成された国際軍事裁判条例(ニュルンベルク裁判の根拠、一九四五年)の第六条において犯罪のタイプとしてA項「平和に対する罪」、B項「通例の戦争犯罪」、C項「人道に対する罪」と三つに区分したことから、侵略戦争をおこして「平和に対する罪」に問われた国家指導者たちをA級戦犯class A war criminal、それ以外のB項とC項の犯罪を犯した者をBC級戦犯class B & C war criminalと呼ぶようになった。ただこれはアメリカ式の呼び方であり、イギリスは主要major戦犯と軽minor戦犯と呼んで区別している。
B級とC級犯罪は重なる部分が多いが、前者が戦時における敵国民への犯罪であるのに対して、後者は戦時だけでなく平時も含み、自国民への犯罪も対象としていることに大きな違いがある。たとえばドイツ国民であるユダヤ人を戦争前から迫害したケースは、B級には該当しない。そういう問題があったのでC級が考えられた。たとえば、カンボジアのポルポト派の犯罪は自国民を虐殺したわけだからB級ではなくC級犯罪である。日本についてはC級が適用されなかったが、それは植民地民衆(当時は日本国籍)に対する犯罪(強制連行や慰安婦の強制など)が裁かれなかったことと関係している。
http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper47.htm
これは メッセージ 13955 (vd64tf87h さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/14042.html