違うぞ♪
投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2006/05/04 15:37 投稿番号: [13789 / 18519]
>琉球の意思とは無関係に、すでに日米間で勝手に決めていた事であった
から、
アメリカの施政権下に置かれ続けるよりも、日本の施政権下に置かれる事を望んだ。
問題は、アメリカの施政権下に置かれる事を嫌った理由が、
米軍が引き起こす問題行為であるにもかかわらず、
施政権の返還の条件として、安保改訂と、米軍による沖縄での基地使用を認めた事。
結局は、沖縄の意思に反した事を日本政府とアメリカで合意したにすぎない。
いまだに、その問題が尾を引いている。
___________________________________
>朝鮮は中国に返還されるか中国を宗主国にする事になる。
が、カイロ宣言に基づき朝鮮は独立する。
>それが通用すると考えているのが、世界中であなた以外にどこの
>国家が主張しているのか教えてほしいという事。
アメリカ♪
【委任統治領と信託統治領】
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/zatsu/unsintaku.html
また、信託統治が検討されながら実現しなかったのが朝鮮と沖縄だ。
敗戦で日本が放棄した海外領土のうち、関東州(租借地)と台湾は中国(中華民国)へ返還、南樺太と千島列島はソ連が領有(ただしソ連→ロシアとは平和友好条約がまだ締結されていないので、最終的な国境線は北方四島を含めてまだ未確定)、南洋諸島の委任統治領はアメリカの信託統治領となった。
朝鮮はもともと独立国だったし独立することになった。しかしルーズベルト米大統領は43年のテヘラン会談で「40年間信託統治にするべき」と提案、ヤルタ会談でも「20〜30年間は信託統治に」と主張。日本の敗戦で朝鮮半島はとりあえず北緯38度線を境に北はソ連軍が、南は米軍が占領したが、米英とソ連は中国を加えた4カ国で朝鮮を最大5年間は信託統治してから独立させることで合意した。
しかし、この構想に朝鮮、特に南部の民衆は「即時独立」を求めて猛反発し、信託統治賛成の左派と反対の右派との対立がエスカレート。北では信託統治に反対する民族派が追い出されて金日成主導の共産党政権が固まり、南では信託統治賛成派の政治家が暗殺されるなどの混乱が続く中、「南だけでも早く独立を」と48年に南だけの総選挙を実施して大韓民国が成立。朝鮮半島の分断が決定的になった。
信託統治を回避した沖縄
一方、沖縄について戦時中アメリカは「琉球人は日本人とは別の民族で、虐げられている民族」だと考え、沖縄も国連の信託統治を経て独立させるつもりだった。終戦後の沖縄でも「鉄の暴風」と言われた焦土戦への反発から、沖縄独立論や信託統治によるアメリカとの一体化論が台頭。信託統治実現を掲げる社会党(日本社会党とはまったく別)も結成された。
しかし東西冷戦が始まり、中国での共産党政権成立や朝鮮戦争の勃発によって、アメリカは沖縄を不可欠な軍事拠点と考えるようになり、国連の信託統治領化には消極的になった。信託統治領になれば「戦略地区」に指定されても基地建設のために大規模な土地収用ができなくなり、住民のために経済的社会的発展が義務付けられ、さらにソ連もいる安保理に毎年報告を義務付けられたうえ、沖縄の住民に国連総会へ直接乗り込んでアメリカ統治を批判する権利を与えてしまうことになる。また沖縄住民の間でも51年のサンフランシスコ条約締結を控えて日本への復帰運動が盛んとなり、信託統治を求める声はほとんど消えた(※)。
から、
アメリカの施政権下に置かれ続けるよりも、日本の施政権下に置かれる事を望んだ。
問題は、アメリカの施政権下に置かれる事を嫌った理由が、
米軍が引き起こす問題行為であるにもかかわらず、
施政権の返還の条件として、安保改訂と、米軍による沖縄での基地使用を認めた事。
結局は、沖縄の意思に反した事を日本政府とアメリカで合意したにすぎない。
いまだに、その問題が尾を引いている。
___________________________________
>朝鮮は中国に返還されるか中国を宗主国にする事になる。
が、カイロ宣言に基づき朝鮮は独立する。
>それが通用すると考えているのが、世界中であなた以外にどこの
>国家が主張しているのか教えてほしいという事。
アメリカ♪
【委任統治領と信託統治領】
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/zatsu/unsintaku.html
また、信託統治が検討されながら実現しなかったのが朝鮮と沖縄だ。
敗戦で日本が放棄した海外領土のうち、関東州(租借地)と台湾は中国(中華民国)へ返還、南樺太と千島列島はソ連が領有(ただしソ連→ロシアとは平和友好条約がまだ締結されていないので、最終的な国境線は北方四島を含めてまだ未確定)、南洋諸島の委任統治領はアメリカの信託統治領となった。
朝鮮はもともと独立国だったし独立することになった。しかしルーズベルト米大統領は43年のテヘラン会談で「40年間信託統治にするべき」と提案、ヤルタ会談でも「20〜30年間は信託統治に」と主張。日本の敗戦で朝鮮半島はとりあえず北緯38度線を境に北はソ連軍が、南は米軍が占領したが、米英とソ連は中国を加えた4カ国で朝鮮を最大5年間は信託統治してから独立させることで合意した。
しかし、この構想に朝鮮、特に南部の民衆は「即時独立」を求めて猛反発し、信託統治賛成の左派と反対の右派との対立がエスカレート。北では信託統治に反対する民族派が追い出されて金日成主導の共産党政権が固まり、南では信託統治賛成派の政治家が暗殺されるなどの混乱が続く中、「南だけでも早く独立を」と48年に南だけの総選挙を実施して大韓民国が成立。朝鮮半島の分断が決定的になった。
信託統治を回避した沖縄
一方、沖縄について戦時中アメリカは「琉球人は日本人とは別の民族で、虐げられている民族」だと考え、沖縄も国連の信託統治を経て独立させるつもりだった。終戦後の沖縄でも「鉄の暴風」と言われた焦土戦への反発から、沖縄独立論や信託統治によるアメリカとの一体化論が台頭。信託統治実現を掲げる社会党(日本社会党とはまったく別)も結成された。
しかし東西冷戦が始まり、中国での共産党政権成立や朝鮮戦争の勃発によって、アメリカは沖縄を不可欠な軍事拠点と考えるようになり、国連の信託統治領化には消極的になった。信託統治領になれば「戦略地区」に指定されても基地建設のために大規模な土地収用ができなくなり、住民のために経済的社会的発展が義務付けられ、さらにソ連もいる安保理に毎年報告を義務付けられたうえ、沖縄の住民に国連総会へ直接乗り込んでアメリカ統治を批判する権利を与えてしまうことになる。また沖縄住民の間でも51年のサンフランシスコ条約締結を控えて日本への復帰運動が盛んとなり、信託統治を求める声はほとんど消えた(※)。
これは メッセージ 13785 (mikenekonomanma さん)への返信です.
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