Re: 安龍福の于山島像、竹嶼編2
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/03/28 19:09 投稿番号: [12646 / 18519]
もともとの供述に信憑性があるのか。供述から30年ほど経った段階で対馬藩が新たにまとめた『竹嶋紀事』に転記ミスの類はないか。或いは下條教授の解読自体に信憑性があるのか。
こう云った様々な問題点はあるものの、やはり下條教授の解釈は鬱陵島からの「一日の路法」と云う大切な点を合理的に説明できていないと云わざるを得ないでしょうね。
苧洞付近は現在の鬱陵島でも漁港として利用されていますので、地形的にも漁業に適しており、安龍福が根城にしたと考えてもおかしくはないでしょう。
しかし竹島(1907年頃から1945年頃までは「竹嶼」)は、そこから3〜4km程度の距離にあり、とても一日かけて行くような島じゃありませんね。
また、竹島の標高は100m強もあり、鬱陵島周辺の島では飛び抜けて大きな島ですし、かなり目立つはずです。
これは メッセージ 12642 (husenoyaji さん)への返信です.
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