Re: そういう理屈のむなしさ
投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/01/17 22:08 投稿番号: [12447 / 18519]
>まずできないでしょ。
できることとできないことの区別をするのが積み重ねなんですよ。
推測もりっぱな根拠になりますが、確定した事実と混同して期待を積み重ねるのが
韓国論法であなたと同じです。
推測は推測、確定した事実は事実。それが論理というものです。
>へ〜。だれがきめたのそんなこと。
論理は誰がきめたものでもないでしょう。
私は妥当と言ってそこからは推測だと明確にしている。
しかしそれは妥当な推測なんです。
妥当でないなら、なんで探索使を再度出さないのですか?
>その探索使がばかな文官だったってこともあるでしょ。
そうかもしれませんが、国王がわざわざそう言う人を選んだのなら
それは身から出たさびってもんです。知ったことではありません。
確定した事実は。
探索使を派遣したが担当者は鬱陵島=于山島だろうと報告したこと。
そしてその後探索使は出ていない。
1900年頃になって鬱陵島を調査したときも話題にのぼっていない。
>鬱陵島と于山島が同一だという説が韓国自身にしっかりとある以上は、無意味な話ですよ。
同一という説があったことがある、というだけですね。
自分で不確実だと明言している以上、于山島=獨島は確定した説じゃない。
それは現代のすりこみにすぎないんですよ。
しかも、正式な探索使が報告しているのだから、たんなる説とは言えない。
きわめつけ
>鬱陵島は空島政策で人が入っていなかったのです。
空島政策で人っ子一人いなくなるというのが、日本人の感覚なのですよ。
日本人は行ってませんよ。行ったら処分してますからねえ。
隣国へ勝手に行って外交使節を詐称しても処分しない国や、勝手に獨島に行って
日本船に発砲しても処分しない国の常識とは違います。
ざれぐちはさておき、鬱陵島に全く行かないときめつけることは確かに出来ません。
入っていなかったではなく住民はほとんどいなかったが正しいでしょうね。
確実なのは獨島を見た可能性が低くなったことです。
というぐあいに、お互いのやりとりで確実な表現にしてゆくのが議論なんです。
あなたのように、ああいえばこういうで話を変えるのは議論ではなく口論です。
できることとできないことの区別をするのが積み重ねなんですよ。
推測もりっぱな根拠になりますが、確定した事実と混同して期待を積み重ねるのが
韓国論法であなたと同じです。
推測は推測、確定した事実は事実。それが論理というものです。
>へ〜。だれがきめたのそんなこと。
論理は誰がきめたものでもないでしょう。
私は妥当と言ってそこからは推測だと明確にしている。
しかしそれは妥当な推測なんです。
妥当でないなら、なんで探索使を再度出さないのですか?
>その探索使がばかな文官だったってこともあるでしょ。
そうかもしれませんが、国王がわざわざそう言う人を選んだのなら
それは身から出たさびってもんです。知ったことではありません。
確定した事実は。
探索使を派遣したが担当者は鬱陵島=于山島だろうと報告したこと。
そしてその後探索使は出ていない。
1900年頃になって鬱陵島を調査したときも話題にのぼっていない。
>鬱陵島と于山島が同一だという説が韓国自身にしっかりとある以上は、無意味な話ですよ。
同一という説があったことがある、というだけですね。
自分で不確実だと明言している以上、于山島=獨島は確定した説じゃない。
それは現代のすりこみにすぎないんですよ。
しかも、正式な探索使が報告しているのだから、たんなる説とは言えない。
きわめつけ
>鬱陵島は空島政策で人が入っていなかったのです。
空島政策で人っ子一人いなくなるというのが、日本人の感覚なのですよ。
日本人は行ってませんよ。行ったら処分してますからねえ。
隣国へ勝手に行って外交使節を詐称しても処分しない国や、勝手に獨島に行って
日本船に発砲しても処分しない国の常識とは違います。
ざれぐちはさておき、鬱陵島に全く行かないときめつけることは確かに出来ません。
入っていなかったではなく住民はほとんどいなかったが正しいでしょうね。
確実なのは獨島を見た可能性が低くなったことです。
というぐあいに、お互いのやりとりで確実な表現にしてゆくのが議論なんです。
あなたのように、ああいえばこういうで話を変えるのは議論ではなく口論です。
これは メッセージ 12439 (diedielove999 さん)への返信です.
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