Re: 太政官指令と江戸時代の松島領有意識
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/01/15 09:03 投稿番号: [12418 / 18519]
>>2.当時の太政官にリアンクール岩が日本領であるという
>>明確な認識はなかった可能性が高い。
>1には異論がありませんが、2はその「可能性が高い」と
>いうだけの根拠はあるのでしょうか。何かあるようでしたら
>お教えいただければ幸いです。
私がこのように書いた理由は以下の通りです。
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太政官が明確にリアンクール岩を日本領と認識していたことがあり得るのは、リアンクール岩の存在を認め、それが松島とは別の島と考えた上で、次の a〜c のどれかが成り立っていた場合に限られると思います。
a. リアンクール岩が日本領であることを示す歴史的資料があるが、松島には無い。
b. 松島が朝鮮領であることを示す歴史的資料があるが、リアンクール岩には無い。
c. 松島にもリアンクール岩にも帰属を明確に示す歴史的資料は無いが、何らかの理由から松島は朝鮮領、リアンクール岩は日本領とすることが妥当だと太政官が判断した。
aとbはそのような資料が現在知られていないことから、可能性は極めて低いと思います。
あとは、cの評価になりますが、「何らかの理由」として私は両島の隠岐からの距離の差くらいしか思いつかず、その差が帰属認識の違いとなるほどのものだとは思えないのです。これは私の主観的評価です。
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あらためて考えると、「何らかの理由」の検討はまだ不十分な気もします。多くの方のご意見をいただければ幸いです。
これは メッセージ 12412 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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